我をなくして、自然の変化に順応する | 泉のほとりへ

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こんにちは、いまひろです。

 

お越しくださり ありがとうございます(*^-^*)

 

 

 

 

橘の花 ※5月撮影

 

 

 

さっきまで本を読んでました。

 

 

葉室頼昭さんの

「〈神道〉のこころ」

 

 

形成外科医を経て、

枚岡神社の宮司になられ、その後

春日大社の宮司になられた方です。

2009年にお亡くなりになりました。

 

 

 

本に書かれていた、ある言葉に反応して

涙がポロポロ出てきたので

ブログに書いてみることにしました。気づき

 

 

 

 

奈良県・廣瀬神社

 

 

 

第四章 素白(そはく)の心・宇宙のいのち 

「滅びないために」の項にあった言葉です。

 

 

 

 

努力とはそういうことではないんです。

 

いかに自分の我(が)をなくして、

自然の変化に順応するかということが

本当の努力なんですね。

 

 

 

の部分に泣

 

自分に大切なこと、なのかな。

(読み返しても、もう何ともないのだけど)


 

 

前後の文章をご紹介すると、、

 

たとえば氷河期が来て、地球が冷えたとき、

これを耐え抜いた生物が生き残っています。

 

耐え抜くというと、おれは寒さなんかに負けるかと、

自力でがんばった生物だと思われるでしょうが、

そういった連中は全部滅びている。

 

これは考え違いの努力です。

努力というと、自分の力でやるのが努力だと思っている。

 

こういう生物は全部現在はいない。

 

 

何も変えずに、ただ ”耐える” 方向に努力した生物は滅び、

寒さに順応するように ”体を変える” 方向に努力した生物は

進化して、生き残ったわけですね。指差し

 

 

努力というのは自分の力でやることと違います。

我をなくして、いかに自然に順応していくかということが努力なんです。

考え方の根底が違うんですね。

 

 

 

 🌐  🌐  🌐  🌐  🌐

 

 

 

『自然の変化』って

今起こっている、時代の変化…がまさにそうだと思える。

 

 

『自分の我をなくし』は、

以前ブログに少し書いた「よひとやむみな」の本にも

その大切さがあちこちに記されていて。

 

理屈は我である。我をなくせ、と。

(まだ全部は読んでない)

 

 

 

 

 

いかに自分の我をなくして、

自然の変化に順応するか

 

 

 

 

読む人それぞれに

解釈があるのではと思いますニコ

 

 

 

 

 

泣部分のご紹介でした w

 

 

 

葉室氏は「滅びないために」は

・進化する(順応して変わる)こと

・待つこと

・自然と共生すること

が大切と書いてらっしゃいました。

 

 

手元に置いておきたいと思うくらい

とっても素敵な本でしたよ♡

 

 

 

 

 

 

 

キラキラ光とともに。 今日も佳き一日♪キラキラ