2020年、すい臓のがんと告知されたとき
まったく動じない自分がいた。


子育てがひと段落して
ランニングに狂い
元気なことを取り柄として
夜勤を好み、仕事三昧。

自分の体を労るどころか
好き勝手に動いてたから

そろそろ来たかー‼️って思った。


体が悲鳴をあげてたのである。





で、今
主治医やみんなのおかげで
こうして普通の生活が送れている。




悔いのない人生を送っているから
何があっても動じないとか言ってるけど

実はまだまだ元気で生きていたいという欲は
とっても強く、
でも再発転移を繰り返してるし
化学療法もお休みしてるから
不安は大。



で、死を意識する臆病な生活から、
死を意識しても
心穏やかになれる生活になるには
まだまだ何かが足りないと思い、

前々から考えていた
カトリックの洗礼を受けることにした。
これ、12月のこと。


幼少期から
手を合わせる習慣はついていたから
何の抵抗もなかったけど、
真夏の四国お遍路で何かが動いた。





ご縁があって出会った神父さま。
って思うほど気さくで
とっても素敵な方。

「歩くことが好きならこんなものもある」
と京都から長崎までの巡礼の道を
紹介してくださった。



フランスからスペインを歩く
コンポステーラの巡礼の道は
聞いたことがあるけど、
日本でもあるとは😧




じゃ仕事の合間に行ってみようかと思って
暮れから歩き始めた。

もちろん、行きっぱなしで数十日ではなく
今日はここからここまでと
一泊で切り上げて
また出直す感じ。


往復交通費はかかるけど
家が好きな私にとって、それがベスト。
それに夢中になりすぎて
体や足がボロボロになったら
意味がない。




それがである。
お遍路のように
案内もないし目標(めじるし)もない。
御朱印も押してもらえることもなく
ただただ唯一の地図を頼りに
無心に歩くだけ。


地図アプリを頼りに歩くと
バッテリーがすぐになくなるし
当時(1597年)の人のことを考えて歩くには
意味がない。


家で下調べをして
ノートにポイントを書き、
地図のコピーを片手に
ひたすら歩く💨

地図上ではすぐだと思っても
次のポイントまでまだ8キロ先、

まだ歩くのー😱なんてこともしばしば。




歩く意味がまだピンとこないけど
少なくともその当時の人たちのことを思うと
今の私の生活が贅沢であることは
とても感じる。


たくさん歩いてヘロヘロになっても
ホテルでお風呂に入ることができるし
暖かいお布団で寝ることだってできる。
当時の人たちはそれができず、
また次の日も寒い中歩き続ける

そんなのあり得ないー😔






昨日で3回目。
昨日も相当歩いた。

長崎までの890キロの道。

まだまだ先は長いけど
ゴールを目指して
歩き続けるのが今年の目標。

きっと得るものがあることを信じて。





すべてにありがとう😊



え⁉️こんなところ歩くの?

昨日は心折れそうになったけど

工事現場のおっさんに聞きながら歩く。


コーヒーが無性に飲みなくなった。

休む予定はなかったけど、

途中休むのも自己免疫力を低下させないことだと思って

戻ってきた。


コーヒーだけのつもりが

なぜか日替わりランチを注文してた。

お陰で後半の原動力になった。

左上のが地図のコピー。