こんにちは。
一昨日の夜は、娘と花火大会![]()
路肩に停めた車内からの見物だったけど、雨上がりの夜空にキラキラ輝く花火はとってもキレイ
で、そんな花火に大興奮の娘に、私も嬉しい夜でした
(やっぱり花火は好きだなぁ…
)
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私は今まで、優等生だった。
優等生だと思っていた。
やろうと思ったことは、大抵できた。
先日まで受講していた職業訓練でも、みんなに「期待の星」とか「エース」とか言われていた。
先生にも、「あなたなら大丈夫。できると思う。」そんな風に言われていた。
私もそう思っていて、周りでもそう思っていて。
だから私は、優等生だと思っていた。
ずっと優等生だと思っていたし、
やろうと思ったことは大抵できたから、
だんだんできるのが当たり前になっていた。
できるのが当たり前になって、できない時があると、「なんでできないんだよ!」って、できない自分を責めた。
そうやって、自分の中のハードルを、どんどん上げた。
だけど、mamaマスで色んな自分と向き合って、
できない自分、情けない自分も目の当たりにした。
「バカにすんな!!」って、本当は自分で自分をバカにしているから、
バカにされないようにここまで必死で頑張ってきただけなのかもしれない。
そんな風にも思えた。
だから私は、優等生なんかじゃない。
本当は、バカにされないように、優等生のカツラを被った、できなくて情けない私。
できない情けない私だ、ってこと、本当は自分で知っていたんだよね。
だから、進学校を出たこと、大卒であることを、コンプレックスに感じていたんだよね。
進学校を出たけど、できないんです。
大卒だけど、情けないんです。
そう思っていたんだよね。
「進学校卒」「大卒」ってだけで、中身が伴ってないと自分で思っているから、「進学校卒」で「大卒」の自分を受け入れられなかったんだよね。
…だけどそもそも、優等生なんているのかな
優等生だなんて、勉強ができることに優劣つけただけじゃないかな
勉強ができるから「優」だなんて、誰が言ったのかな
お父さんやばあちゃんに言われたことを、そのまま鵜呑みにし続けているだけなんじゃないかな…
人はそれぞれ、得意な分野と不得意な分野がある、ってだけなのに。
勉強ができる人は、勉強が得意なだけ。
ただそれだけ、なのに…
そう考えたら、そもそも優等生なんていない。
だから私は、優等生なんかじゃない。
だけど、私がこれまで得てきたもので、私はできてる。
その原動力が、例え「バカにすんな!!」だったとしても、
これまで得てきたもので、今の私がいる。
「進学校卒」も「大卒」も、私が手に入れてきたもの。
本当はできなくて情けなくても。
だから、
できない自分も、
情けない自分も、
進学校卒の自分も、
大卒の自分も、
全部含めてやっぱり自分なんだよね。
どんな自分なら〇で、
どんな自分なら✕で…
なんてない。
どんな自分も〇なんだ。
どんな自分も、大切な自分なんだよね。
だから、
できない自分も〇、
情けない自分も〇、
進学校卒の自分も〇、
大卒の自分も〇、
全部の自分をヨシヨシして、またここから歩いていこうね
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました
おわり![]()