お母さんにしてもお父さんにしても、役に立ちたかったとか幸せにしてあげたいと思っていたなんて、
私って、どんだけ優しかったんだー
って気づいた

自分を抑えて、自分を犠牲にしてまで、お母さんやお父さんに幸せになって欲しかったなんて。
ホント、私って優しかったんだなぁ…



それに、怒られることで愛情を感じていたのかもしれないと思える位構って欲しいちゃんだったなんて、
私って、どんだけ寂しがり屋だったんだー
って気づいた

そんな風に気づいたら、これまで、自分では、“私は、トゲトゲしていて可愛げがない”って思ってたんだけど、それはきっと、寂しい思いをしたくなくて、傷つきたくなくて、幾重にも鎧をかぶって自分をガードしてきた見せかけの自分だったのかなーと思えたりして。
じゃあ、その鎧の下に隠していた本当の私は…



色々気づいた今、自分で思う私は、“寂しがり屋で構って欲しいちゃんの、優しい女の子”って言う、フワフワした子猫
のようなイメージに変わったのです
のようなイメージに変わったのです
思い出した

そう言えば、結婚式の時、席次表と一緒に置いていた2人のプロフィール、最後の“お互いへの一言”。
私から夫へのメッセージは、
いっぱい構ってね♡
だった



構って欲しいちゃん確定ー





それなのに、子供が生まれてからは、子供優先で中々構ってくれない夫。
そんな夫に、チョット不満だった私。
「子供ばっかり構って、私のことなんて構ってくれない
」って、心の中で思ってた。
」って、心の中で思ってた。本当は私も構って欲しいのに、素直に「私も構って〜♡」なんて言えず、「どうせ私なんて構ってもらえないし」って、思ってた❗️
子供の頃に構ってもらえなかった記憶を勝手に引きずって、夫に親の影を勝手に重ねて、「どうせ構ってもらえない」って勝手に拗ねて、自分で“構ってもらえない”現状を作ってたのかな…

でも、気づいた。
寂しくて構って欲しいちゃんの私。
そんな自分の気持ちに素直になって、夫に「構って〜♡」と、素直に言ってみようかなぁ。
そんなの、恥ずかしすぎるー





私って、寂しがり屋だったー
構って欲しいちゃんだったー
私って、優しかったー
私って、フワフワした子猫みたいた女の子だったー
可愛い女の子になってもいいー
可愛い女の子でいいー
いっぱい構ってもらっていいー
おわり