横浜関内のホテルで朝を迎えましたホテル


心配な台風台風
進路は本州直撃ロケット


これは、夜の飛行機は飛ばないなしょぼん

と思った私パー

直ぐにJALにTEL電話
便の変更をお願いしました。

次はホテルの予約です。
なるべく空港に近いところを探してネットで予約グッド!

そして家族にもう一泊することを伝えるためにTEL電話




子供が小さいころは考えられなかったことです。
きっと5年前なら予定を変更してでも、

帰阪していたことでしょうショック!

今は子供が大きくなり、頼れる家族が居ることもですが、
自分の事も大切に出来るようになりましたラブラブ


子供が一番
家族が二番
自分のことをするのは、全部が完璧に出来てから。


自分のことは出来なくても、我慢我慢かお

そうすることが家族のためだと勘違いしていたあの頃ハートブレイク
頑張っていたんです。

頑張らないと認めてもらえないと思っていたのです。


今は、もちろん子供も家族も大切です。
でも、同じくらい自分も大切ですニコニコ

気持ちも軽く、楽しい毎日を過ごせるようになりました。




さてさて、準備が整ったところで、

横浜中華街へ出発ですあし
途中、馬車道を通りました。



photo:01



江戸時代開国により日米通商修好条約が結ばれた。
これによって貿易のため横浜港が開かれ

関内に外国人居留地が置かれた。
その関内地域と横浜港を結ぶ道路のうち

1つとして開通したのがこの道。

外国人はこの道を馬車で往来しており、

当時の人々にその姿は非常に珍しく、
「異人馬車」などと呼んでいたことから、

この道は「馬車道」と呼ばれるようになった。

・・・だそうです。


歴史を感じる建物がチラホラ。



photo:03



見えてきました中華街



photo:04

台風のせいか、朝早いせいか、
思ったより人は少なく、ゆったり歩ける感じ。


直行したのは1951年創業、

中華粥の有名な謝甜記(シャテンキ)へ

http://www.chinatown.or.jp/gourmet/detail/112



並ぶとは聞いていましたが、

11時前という中途半端な時間でこの行列


photo:05


photo:06  


でも、10分も待たずに入ることが出来ました。


photo:07


せっかくなので、沢山あるお粥の中から貝柱粥をチョイス
謝家代々受け継がれているという鮮蝦焼売(えびしうまい)と
毎日揚げている油条(中国あげパン)もオーダー


photo:08

しっかりブランチをいただきました。

噂通り、美味しかった音譜
幸せラブラブ!

中華街の一人歩き、はまだまだ続きます。