先日、広いカフェで友人とお茶をした。

テーブルの隣に大きな柱のある席に座った。

 

 

左斜め後ろのテーブルでは

赤ちゃんと女性二人が座っている。

 

 

赤ちゃんはずっと大泣きしていて

正直うるさい。

けれど私は大人なので何も言わずにいる。

 

 

すると柱の向こうから

老婆が顔を覗かせ

聞こえるか聞こえないかの声で

「うるさい!」と言った。

 

 

私の横なので

はっきりと聞こえたが

赤ちゃんの席の女性達には聞こえなかったはず。

赤ちゃんの鳴き声が大きいから。

 

 

よく見たら

その老婆の椅子の隣には車椅子が置いてある。

たぶんその老婆のものだろう。

 

お手洗いに立った時に目に入ったが

向かいの席には老婆のご主人らしき方がいて

老婆の面倒を見ていた。

 

きっとお身体が不自由なのだろう。

 

 

相変わらず赤ちゃんはギャン泣きしていて

うるさい

 

 

お母さん達はニコニコしているだけで

真剣にあやそうとしているようには

見えなかった。

 

 

私の連れの女性は子育てをしたことがある人で

赤ちゃんが泣くのは仕方ないし

お母さんの気持ちがわかると言っていた。

 

 

私は子供はいないが

赤ちゃんが泣くのは仕方ないとわかるし

泣き止まないこともあるのも知っている。

 

 

けれど老婆が「うるさい」と

吐き捨てるように言う気持ちもわかる

 

 

うるさいものはうるさいのよ

 

 

もう31年前だが

父が大学病院の部屋でもうすぐ亡くなるという時

赤ちゃんだった姪っ子が泣き出した。

真夜中である。

姉はすぐにどこかに連れ出したが

隣の病室の患者様が「うるさい」と

怒鳴っているのが聞こえた。

 

 

申し訳なさすぎた。

末期がんで長らく入院されているおじさまだ。

奥様と廊下の椅子でお話ししたことがあるので

知っていた。

 

 

泣く赤ちゃんも仕方ない。

うるさいとつぶやく老人も仕方ない。

 

 

どっちが正しいとか間違っているとかない。

 

 

そう思える自分は

少しは大人になっていると感じられた。

 

 

老婆はその後も

静かにお茶を飲まれていたようだ。

うるさいと言いながらも

諦めてはいるのだろう。

 

 

この世はごった煮だ。

 

ね、大仏様

 

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