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ヒプノセラピーから離れた8月下旬

愛犬が亡くなってから2週間

喪失感は癒えないままだった

 

愛犬の亡くなった翌日に

キネシオロジーのセッションを受けていた

数週間前に予約していたセッション

NY在住の人気のセラピストさん

セッション時間は愛犬の火葬時間だった

 

 

なぜあの日の私は

愛犬の火葬に参加せず

そのままセッションを受けることを選んだのか

あまり覚えていない

 

ただその日の朝

火葬される前に行かなきゃと

実家に戻った

 

死後時間も経っているから

もうあのふわふわで柔らかな感じは無いのだろう

そう思った

 

 

愛犬の身体を触った

「おはよう、戻ってきたよ」

触れた身体は冷たくなってたけど

不思議と愛犬は硬直してなかった

顔はいつも通りお昼寝してるみたいで

 

ご飯の準備してたら

もそもそ起きてきそうだった

死んだのかと思えなくらいに

身体は柔らかくてふわふわだった

 

みんな泣いてた

父は静かだった

母は私が帰ってきたよ嬉しいねと話しかけていた

 

 

変な日だった

 

 

キネシオロジーのセッションはオンラインで行われた

何を話したかどんな内容だったのか記憶にない

覚えているのは身体はそこにあるけど

心ここに在らずな状態だったってこと

「なんてタイミングだ」

頭の中にこの一言だけずっとあった気がする

 

 

 

 

 

救いだったのは9月以降に

申し込んでいた講座の予定がいくつかあって気が紛れた

 

 

8月下旬、10月、11月と

飛行機で関東まで飛びキネシオロジーの講座を受講した

キネシオロジーもヒプノセラピー同様

潜在意識へアプローチするのに最適な方法の一つだ

筋反射から自分の身体の反応をみて

なににストレスを感じているのか

なにを本当は望んでいるのかを見たり

問題となってる原因と適した解決方法をも

筋反射の反応で確認、調整していく

(私の理解してる限りではこんな感じ)

 

 

クラス受講時

いつかキネシオロジーも役に立つかもと思った

ヒプノセラピーを難しく感じる人

セッションの長さに疲れてしまう人

人によって合う合わないがあるので

いくつか潜在意識にアプローチできる方法を持っていたら・・

そんなことを考えていた

 

 

 

キネシオロジーの講座では

快・不快が身体にどんな変化を起こすのかを意識的に観察した

普段のやり取りで何気なく発した言葉にも身体は反応しており

私たちは無自覚でも影響しあっているんだと

そのことを実感すると自分の思考や使う言葉に意識が向くようになった

 

普段何気なく耳にしていることは何なのか

普段何気なく目にしているものは何なのか

その時の自分の可能な範囲で

選ぶことはいつだってできるなと思った

 

 

デモセッションでは

喉のイガイガや突然の腹痛

昔からの困った癖をテーマに行われた

筋反射で原因を掘り下げていくと

誰かに言われた言葉

周りの誰かを見て思い込んだこと

先祖や前世が原因と示されることもあった

 

セッション一連の流れを見て習って思った

原因となぜそれを自分は体験したのかを明らかにして

悩みの元となっている思い込みに調整をかける

これはアプローチの仕方が違うだけで

ヒプノセラピーでしていることと似ている

 

そして自分は根本的なところへ働きかけをして

解決のサポートができる手法に

可能性や魅力を感じるんだと改めて思った

 

 

 

受講後の私は

筋反射の反応を感じることがまだ苦手でした

家に帰ってからは

「自分に合った方法を見つけるのが良い」というアドバイスに

よく分からないながらも

筋反射の反応をとる練習を延々としていました

当時、腕を使うやり方より

ペンデュラムという道具を使う方法が自分には取り組みやすかった

 

 

ペンデュラムをまわし慣れてくると

YES・NOの反応がはっきり示されるようになります

その日の自分にあう飲み物や食べ物、カラー

オラクルカードからは今自分に必要なメッセージを選んだり

楽しみながらペンデュラムと身体を使って

筋反射に少しずつ慣れていきました

 

 

そんなこんなしていると

あっという間に年末になった

愛犬が亡くなったことのショックは

落ち着いてきたものの

ヒプノセラピーを再開するのかしないのか

習ったスキルを使って何かするのかしないのか考えるも

どうしたいのかが全く分からなかった

正直、決められなかった

 

 

 

ここから暫く

道に迷ったような途方にくれた状態が続きます

(私よ、道に迷いすぎ)

そうしてモヤっとしたまま2021年を終え

2022年を迎えたのでした