昨日の続きです。
今日は笑意軒からです。
下図⑯の園林堂から笑意軒に渡る土橋です。
舟が出入り出来るように、太鼓橋の形です。
現地の地図です。
⑰から撮影しました。笑意軒は補修工事中でした。
なので、いただいたパンフレットから引用します。
笑意軒は田舎家風の茶屋です。
茅葺寄棟造りの屋根に杮葺きのひさしを付けた建物です。
手前の池は方形で、船着き場となっています。苑池の各所
に船着き場があり、舟遊びが出来るようになっています。
パンフレットから引用した笑意軒の内部です。
次に、書院の方に行きます。
⑱から撮影した書院です。
右から古書院、中書院、楽器の間、新御殿と
雁行型に並んでいます。手前の庭は鞠場で、
蹴鞠をするところです。桂川の水害対策とし
て、高床式の建築にしています。
古書院です。右端に月見台があります。
古書院の建築年代は、様式的に中書院や新御殿より古く、
『智仁親王御年暦』の記載などとも併せ、下桂村が八条宮
の所領となって間もない、元和元年(1615年)頃と推定さ
れます。
古書院の月見台です。
古書院の月見台です。
パンフレットより月見台からの撮影風景は
月見台から見た風景です。
ここで月見をした場合の合成写真を作りました。
月見をしたときを想像しての合成写真です。
1624年に初代の智仁親王が、中秋の名月
をここで鑑賞した記録があります。
建物内を参観できませんでしたので、パンフレットから引用しました。
古書院室内の様子です。左端に月見台が見えています。
下図より手前が二の間で奥が一の間です。
書院の間取り図です。
⑳から撮影した月見台です。
新御殿の建立時期は寛文2年(1662年)頃とする
のが通説で、翌寛文3年(1663年)の後水尾院の
桂別業(桂離宮は江戸時代までは桂別業といいま
した)御幸に備え、御幸御殿として造営されました。
新御殿内部の様子です。右手前が二の間でその奥が一の間で、
その奥に上段の間があります。後水尾院の御座でしょう。
上段の間は下図左端中央辺りにあります。
御殿の間取り図です。
月波楼に行く通路です。
明日は月波楼でのお月見合成写真をUPの予定です。
今日はここまでです。明日は最終回です。
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