今日からは大阪歴史博物館の紹介です。
12月15日に真田丸跡に行く前に、この博物館に寄りました。
難波宮跡公園北西に2001年(平成13年)に開館しました。当館の前身は
大阪城公園内に、1960年(昭和35年)に開館した旧大阪市立博物館(旧
陸軍第四師団司令部庁舎)です。この場所は以前に体育館があり、私も何
度か利用しました。設置は大阪市教育委員会です。
ブログを始めて3年半ですが、始める前に1度この博物館を見ました。今回
は紹介するので詳しく見ています。隣にHNK大阪放送支局があります。
地下1階に難波宮遺構が保存され、ガイドツアーによって見学が出来ます
ので、その無料ツアーに参加しました。同時に中国人観光客の約30人も
参加しています。最近は中国人の観光客が多いです。
東側から撮影しました。右がNHKで左が大阪歴史博物館です。
南側から見たところです。左がNHKで右が大阪歴史博物館です。
北側から見たところです。
上空から見たところです。(グーグルより引用)
これが1階の案内板です。
ここがチケット販売コーナーです。
入城する前に
ここが無料のガイドツアーによる、難波宮歴史探訪の受付です。(上の案内板参考)
手前のガラス張りの所から地下の遺跡が見えます。
ガラスから下をのぞいたところです。
白丸が掘立て柱の跡です。周囲の薄いクリーム色の
四角い所が、柱を立てるために掘られた所です。
掘立て柱の建て方の説明を聞きました。
地下の遺構を見る前に、1Fの位置にある掘立て柱跡を、
丸いタイルで示している所を見ました。
掘立て柱跡の丸いタイルが外にもあり、円柱状の植木も掘立て柱跡です。
赤い服の案内掛の方の所から、地下1Fに降ります。
右端の円柱状の植木も掘立て柱跡です。
地下には保存された遺跡があります。
復元想像絵図です。
地下1Fは
想像図の塀跡の位置が、柱で示されています。
ちなみに、この下の地下2Fは駐車場です。
この復元想像絵図の場所は
塀の跡の柱穴が並んでいます。
ここは高床式建物跡の柱の場所を示しています。
ここも高床式建物跡の柱の場所を示しています。
ここでは難波宮よりさらに古い、倭の五王の時代の建物が
発掘されました。
博物館入口前にあります。
それは難波津と呼ばれた、時代のものです。
上町台地の東に河内湖があり、大和川からの水運を考えて
便利になるようにと、難波堀江という運河が掘られていました。
仁徳天皇が造ったと言われています。この図から考えると、
大坂城の外堀北側が難波堀江跡ですね。
古代のイメージ図と発掘調査跡・復元建物です。
難波宮が出来る以前でも、この辺りは交易で栄えていたようです。
【オウム動画】マイちゃんのおやすみの挨拶
をお借りしました。(約40秒)
今日はここまでです。明日は連休中に見た「ローグ・ワン」と「君の名は」
の感想と、大阪歴史博物館の10F紹介です。
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