グラナダ スペイン8 | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

前回の続きです。
エルチェのホテルを朝8時30分に出て、327km
走り高速道路で昼ごろにグラナダに到着しました。
途中には
カタルヘーナという町がありますが、ここはカタルーニャ地方を
植民支配していたカルタゴの本拠地で、第2次ポエニ戦争では
ハンニバルがここからローマに出陣しました。









古城とかがあります。

町がありました。


町の教会です。


ガソリンスタンドで、後ろの山が変わった形ですね。

グーグルの地図です。

カルタゴ→ローマ→西ゴートと支配されていた、

グラナダの歴史は
711年イベリア半島で西ゴート族を支配した、イスラム教のウマイア朝
が成立します。
ズィール朝の一族がこの地を征服し、1013年にタイファ
諸国の1つであるグラナダ王国として独立した。

グラナダは11世紀末にムラービト朝に、12世紀半ばにムワッヒド朝
に征服されたが、1212年ナバス・デ・トロサの戦いで、ムワッヒド軍が
キリスト教諸国連合軍に大敗します。
グラナダ周辺の諸都市の支配者は互いに抗争を続けます。1236年
にはコルドバが、カスティーリャ王国のフェルナンド3世によって陥落し
ます。

1232年、アンダルスの支配者の一人、ムハンマド・ナスルは王を名乗り、
1238年にグラナダに王国(ナスル朝)を建国します。1246年ムハンマド
はフェルナンド3世と条約を結び、カスティーリャ王国に臣従して、貢納する
代わりに、グラナダ、マラガ、アルメリアを保有することを許されます。

ナスル朝グラナダ王国は、イベリア半島における最後のイスラム王朝と
して約250年間存続し、経済・文化が繁栄します。アルハンブラ宮殿は、
ナスル朝時代に建てられたもので、イスラム建築の傑作と評価されます。
しかし、15世紀末にカスティーリャ王国とアラゴン王国が連合王国となると、
ナスル朝支配地への征服が始まり、1492年1月2日にはグラナダが降伏
してナスル朝は滅亡した。


キリスト教徒に降伏して、宮殿を明け渡し、
アフリカに落ち延びるナスル王(左)
                 (ウイッキペディアより引用)

宿泊ホテルで昼食を食べました。


ホテルです。


昼食のイカスミのガスパチョです。


グーグルの地図です。
昼食後、徒歩でアルハンブラ宮殿の入り口まで行きました。
まづは夏の離宮ヘネラリーフェから見ました。

入り口で、この反対側にはイベント用の舞台があります。


イベント用の舞台です。






左奥がアルハンブラ宮殿でその奥が旧市街です。
すべて世界遺産です。


夏の離宮の風景写真です。

今日はここまで、
明日に続く