長野温泉の起こり極楽寺温泉 | みどりの木のブログ

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長野温泉の起こりは、推古天皇の時代にあると
言い伝えられています。当時の極楽寺温泉に、
聖徳太子が病気平癒のために来たとき、老翁
から「境内の杉の木の根元にある泉を進ずれば
病は平癒すべし」とのお告げを受け、その霊水
を飲んで病が治ったという伝説が語り継がれて
います。

聖徳太子が薬師如来を刻んで安置した錦渓山
極楽寺温泉はその後衰退します。しかし、正中
2年(1352年)後醍醐天皇の叡勅を奉じて融通
念仏宗中興の祖である法明上人が、この地に
新しくお堂を再興したのが現在の極楽寺です。
極楽寺の紹介はここのリンクです。
明治44年の古写真には、当時の長野温泉錦水楼
が写っています。


左が錦水楼で右が一力楼と思われます。


奥に見えるのが錦水楼で手前右が楠館です。(下のマップ参考)
この古写真の現在の風景は


こんな感じです。今は錦水楼がイズミヤの駐車場と
おしゃれなお店になっています。
楠館はマンションになっています。


錦水楼の跡地の一部は喫茶店とヘアーサロンになっていました。


それを川側から撮影したものです。いかにも旅館らしいです。

河内長野市の教育委員会の資料には下のようなマップがありました。


マップ右端に古写真の旅館があります。そして、
左端に極楽寺温泉があります。今の極楽寺は
高台にありますので、当時の極楽寺温泉は石川
沿いにあったようです。お寺の経営では精進料理
以外の肉などを出せないので、宿の経営はやめた
とのことです。なので今はありません。そして、
このマップにあるすべての旅館は、今存在しません。
(ノ゚ο゚)ノ


写真右には写っていませんが、先ほどのマンションがあります。


イズミヤ側から見た行者岩です。


もろこし長者の紹介でお借りしたグーグルの写真です。
下の方に行者岩があります。
周辺には季節柄いろいろな花が咲いていましたので、
撮影した写真も紹介します。








長くなりましたので今回はここまでにして、
次回は長野温泉の続きを紹介します。