公式真田幸村博のWebページはここのリンクです。
何故自衛隊が参加しているかと言うと、
参加の第36普通科連隊のロゴマークが
幸村の兜をデザインしたものだからです。
あべのハルカスにあった会場模型図
阿倍野ハルカス17階から撮影した天王寺公園
記事を茶臼山にもどします。
茶臼山の中腹に茶臼山の戦いの板があります。
ここに自衛隊のブースがありました。
1546年細川晴元の家臣で山中又三郎が初めて
砦を築きました。その後夏の陣で幸村は本陣にし
ました。

400年前の5月7日の正午過ぎに真田幸村隊3500人と、
抜け駆け先方の松平忠直隊15000人が激突します。
真田隊は3度も家康本陣に突撃し、あと少しのところで家康
を取り逃がします。(影武者を討ち取ったという話もあります)
堺市の南宗寺で家康の墓紹介はここのリンク
NHKで最近放送していましたが、幸村達は馬上から火縄銃
で家康を狙撃する作戦でした。越前の前田隊もいたので、
だんだん劣勢となり、幸村の最後は地図右側(北)にある
安居神社です。幸村が疲れて休憩中に討ち取られたようです。
そして、午後4時には大阪城に火の手があがります。

橋には武将コスプレの方もいます。
続いてこの南にある慶沢園に行きました。
この茶臼山も慶沢園も大正12年に住友
財閥が大阪市に寄贈したものです。

慶沢園の西門です。ここを出たところに黒田藩蔵屋敷長屋門
が移築保存されています。

長屋門を外側から見たところです。後ろの建屋は大阪市立美術館で、
戦前は住友財閥の所有でしたが、大正12年に大阪市へ寄贈されて
います。
午後1時からメインステージで武将隊の武者演武があるので、
そこにもどりました。その途中コスプレ風景を撮影させてもらい
ました。

かっこいいですね。女性のコスプレの方です。
幸村たちは赤備えで、馬上からこんな感じで
家康を狙撃したと思います。

演武に出る淀君役の方と、左はコスプレの方です。
長くなるのでここまでにして、
武者演武と武者行列は今夜UPします。










