朝、目が覚めてみたら、とうとう怒りがふつふつと沸いてきた
激しいものじゃなくて、どちらかというと冷静な静かな怒り

私がどれだけ家族のことを思って背負って生きてきたか
どうして父はそのことに気が付かず、目先のことにばかり目を向けるのか

どちらかというと、もう知らないよ、という心境
いつも父のことを心配してきたけど、それもやめるよ、と。

これが不思議なもので、父というものがどれだけ巨大な存在だったか分かるぐらい
自分のこと、夫のこと、夫のお母さんのこと
これからのことに視点が向いていった
私はもしかして大きな間違いをおかしていたのかもしれないと気が付いてしまった

こちらはよかれと思ってそうしてきた
愛情をかけたり気に掛けたりすることは悪いことじゃない
でもそれが自分の成長を止めてしまうことなのかと思った

一歩も二歩も離れたところから家族のことを考える

これは自立なんだ
例えば結婚をして家庭を持つこと、それが自立
社会人になって親元を離れること、それが自立
実家から一人暮らしをする
色々な自立と言われるパターンがある
けれど、本当の自立はそれだけでは分からないんだなと思った

目に見えない精神的なもので、
親と暮らしていてもしっかり自立できている人は必ずいるはず

私はやっと自分の人生と向き合うスタートラインにたったんだ
アラフォーになってやっと気づいたのかよと笑えてくるけど
それもまた私の人生だ
記念すべき2020年

精神的な自立はかなり痛みを伴う
現に痛い
家族を一旦捨てるというぐらいのモノだからだ

私がそういう気持ちでいることなんて父は知るよしもない
そもそも父は家族というものが、どれだけ暖かいとか大切なんだという感覚を知らない
家族で遊びにいくときに父はいない
父との楽しい思い出はひとつもない
母はそれが分かっていたのだろう、私と兄をよくいろんな所に連れていってくれた
私は母の愛情に気が付かず、母の異常すぎる依存心にいつも疲れ果てていた
そして愛情をちゃんと伝えられず、母は亡くなった

もしこのブログを見ているかたで気になってることがあったら
大切な人に今すぐにでも愛していることを伝えてください
日本人は愛を伝えることが苦手だけど、
それなら出来る愛情を、ほんの少し上乗せして伝えてください
しばらく連絡をしてない気になる人に、メールでもしてください

失った後に後悔しないように、今すぐ動いてください
このご時世なので会えないかもしれません
でも、電話もメールもラインも、手紙もプレゼントを送ることでも
方法はたくさんあります

私は普段、ブログをこういう風に使ったりはしません
あくまでも自分のことを淡々と綴っていくだけ

でも私はいつも、後悔してばかりでそれがいかに辛いか知っているからです
そして、人が亡くなるということがいかに残された人に影を落としていくか
伝えたくても伝えられなくなって、より一層存在は大きくなっていくのです

今回、父とぶつかってみて、
生きているからこそ、それが出来ることなんだなと思いました
今まで言えなかったことが、少し言えた
それだけでも、今後の後悔は小さくなっていきました

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この想いが誰かの心に届きますように