あの絵の続き

私には今年、新しい変化を迎えようとしていた

秋に地元で個展をすることになっていたが、
散々悩んだあげくにキャンセルした
距離と金銭的なこと、母の病気、私の状態はギリギリの所にきていた
だから後悔は無い

そして、3月の中旬には、鈴鹿市のとある場所でグループ展があるとのことで誘われていた
でもfacebookでの出会い、会ったことも無い人、軽い気持ちで引き受けた
連絡が上手くいかなくなり、徐々に不安になり、このイベントの為に作品を仕上げることはやめた
さらに不安は増し、結局情報はほとんど無いまま日にちが過ぎてしまった

私はこのイベントに備えておきたいからと、
電話攻撃&不安定な母に、どうか見守ってて欲しいと何度も頼み込んだ
母を受け止めるのは、ものすごく疲れるし、身体が辛くなる
それでもその時なりに精一杯対処してきたつもりだった

そして、母が亡くなった
微妙に重なる時期なだけに結局イベントに参加することは出来なかっただろうという思いと
母を突き放してしまったのではないか
最後に話したのは何だったか、どういう状況だったか必死に思い出そうとした
何としても自分を納得させたかった

イベントのことを連絡がなかったこと、とても悔しくて悲しくて落ち込んだ
こんなことなら母にもっと優しく接しておけば良かったと思った
母は私の写真を見ながら暗い部屋でタバコを吸いながら何を思ったのか…
冷凍庫には食べ物が沢山入っていて、
母はどうやって亡くなったのか…答えは出ない

そして、(イベントの)連絡しなくても平気だと思われたこと、
自分自身が軽く扱われたこと、やっぱり私は自分を大事にできていなかったと反省もした
悪口何ていくらでも出てくるけど、そんな無駄なことはしたくない
何か不幸があったのか、イベントが流れたのか
知り合いがそう言うこともあるよと言ってくれて、かなり救われた

そして

作品を作ることに気持ちを向けようと言われた
作品を作りながら、外にも意識を向けておく
そうすればおのずと道は開ける
今の私ならそれは出来るはずとアドバイスをもらったとき、すーっと軽くなった

それなら出来ると思った
作品に集中することなら難しくない、むしろ私の全てだから

そして、地元に帰ったとき、この流れを友達に話をした

すると、お母さんは親になったんだよと言われた
あえて、私に連絡しなかったんだ
尊重してくれたんだ
本来は、親は子供を見守るもの
母はずっと、子供と大人をいったり来たりしていて
非常に困った人だった

そして私は母を助けたくて、物心つく頃には親になったり、夫になったり、長男になったりした
その荷物も母が亡くなる少し前におろしたところだった

私は自由になり、母も自由になったはず、そう信じていた
私が、作品を人に見てもらいたいという夢も母が叶えてくれた

母は最後に親になった、私は子供に戻った
それが一番しっくりくる
父と再会し、私は子供に戻った
いくつになっても親は親で、子は子なんだ
それでいい

あの絵は、父に見せようと思ったけど結局やめた
母が大事にしてくれたように、私も大事にすることにした

友達と話したお陰で、母の悲しい顔や寂しい姿が
優しい親の顔になっていった

ありがとう

(でも、色んな想いがかけめぐり、後悔したり悲しくなったりの繰り返し)