自己紹介
身体心理ウェルネス協会 代表 高木 君与です。
薬剤師として培った医学的知見と、
心理学・エネルギー療法の20年の実践を統合した
「身体心理学」を提唱しています。
心と体は別々に動いていない。
ストレスが痛みになり、感情が疲労になる——
そのメカニズムを解明し、 根本から整えるメソッドをお伝えしています。
1年前の今日、わたしはパタヤにいました。
母がお空へ帰ったと連絡があり
帰国を早め息子を置いて一人帰国し、そのまま名古屋へ。
母には今もたまに会いたいな、恋しいな・・・と思うんです。
でも不思議と、以前より身近に感じるんですよね。
生前、10年以上、わたしと母は疎遠でした。
母は明らかに私を拒絶してて、
暴言を吐いていました。
私は近づくと傷つけられるから、一定の距離を保って
自分の心を守ることを優先したんです。
でも母がいなくなった今、嫌な感情はもうありません。
心の中にいつも母はいて、
恋しいよ、と素直に言えるし
「仏になったんだから、悪態くらい受け止めれる!」
と思って、
私が拗れたのはアナタのせいよ!と言えます(笑)
僅かに残る意識の中、母は手を離しませんでした。
母がいなくなってから、初めて私たちの関係は
自由になったようになりました。
■ 母の最後の1ヶ月
母は、胸がなんか痛い・・・と言い始め
検査を受け、その後すぐ余命1ヶ月です、と言われたんですね。
最終的に2ヶ月弱で去りました。
彼女の人生を一言で現すと『我慢』だと思います。
我慢が美しい、と言う信念があったので
私にも常に我慢を強いてきました。
(で、わたしは振り切って我慢なんぞ嫌じゃ!と生きたので
彼女とは反りが合わなかったんです(笑))
私から見ていて、彼女は我慢だらけ。
我慢しかしないから、生き甲斐も何もない。
そんな彼女が、今世、生きる理由を見つけるのは
難しかったと思います。
思うに、生きたいと思えるには
愛する人のためや
やり甲斐がなければ無理だろうな、と思うんです。
それ以外は単に執着、もしくは死への恐れなんじゃないかなぁ。
母は、なぜ自分が癌なのか、
なぜ自分なんだ、と言っていました。
死にたくなかったようです。
■ 死が怖いのは、変容を拒んできたから?
母の最後の数ヶ月を一緒に過ごして思ったのは
死って、人生最大の変化、変容なんだな、と言うこと。
ただ日々変容を繰り返してきた人にとっては、
死はそんなに怖いものではなく、
それも変化のひとつに過ぎないんだろうなぁ、と。
でも、変容を避けてきた人にとっては
きっと怖いものなんだろう、と思いました。
息子に、わたしがいなくなった時の話をすでに開始しています。
息子からは「早い!!(笑)」って、と言われますが(笑)
あの大きな変化(母である私の死)を受け入れていくのには
時間がかかるでしょうからいいのです。
■諸行無常
仏教に「諸行無常」という言葉があります。
この世の全ては常に変化し続けていて、
永遠に同じ状態でいるものは何もない、という意味。
花が散るのも、
人が老いるのも、
関係性が変わるのも、全部そう。
死もまた、その変化のひとつに過ぎない。
変容を受け入れながら生きてきた人には、
きっとそれが自然に感じられて
そしてそれを仏様が言葉で残したのでしょう。
■ わたし自身も、怖さで止まることはあった
わたしは20代後半からずっと変わりたい、と思って
生きてきました。
あまりにも人生が過酷すぎて、でも逃げられないから
自分が変われば、この辛さが癒やされる、幸せになれる!と信じて。
とは言え、変容をずっと受け入れてこれたのか?と言ったら、
全然そんなことなくて
怖くて前に進めない時もたくさんありました。
でもいつしかそれも変化して
今の自分は勇気がないから(自覚的に)「今は進まない」と
選びかえました。
変容への恐れがあることを受け入れることで
流れに身を任せることができるようになり
自然と自分が理想とする自分のあり方に
進んでいっている感覚があります。
以前のわたしは、愛されない選ばれない自分は
生きている価値がない、と心底思ってたし
生きてなくていいと、心から思ってました。
生きなくてもいい理由を常に探していました。
40代半ばまでそんな感じでしたね。
でも今の私は生きててもいいし、
この世を離れてもいい、と思うようになりました。
それは、母の介護中に母に初めて優しく抱きしめられたからなんです。
そっと優しく包み込むようにHugされて。
あの感覚は今も私の体にあります。
なんか母を救うために私は今世生まれてきたんだ、と
思うんですよね(笑)
多分彼女は私がいなかったら、とっくの昔に自らこの世を
去ってたと思うから。
母がいなくなって1年経ち
もっと生きよう!と思うように変化しました^^
もっと感情豊かに表現していこう!と。
もっと心を開いて人と関わろう、と。
傷つくことを恐れてハートを閉ざすより
傷ついてもいいから人を愛そう、と。
私にとって1番怖かったのは
大好きな人(母)に嫌われることでした。
だからこの人は私を傷つけないかな?を最優先にしてたと思います。
でも、本当は愛されることを求めるよりも
愛するほうが人は満たされるんです。
■愛は動詞
何かで読んだ気がするんです。
愛は動詞である、と。
本当にその通りだと思う。
愛することを我慢するのはやめよう。
目の前にいる人を大切に大切にしよう、と。
愛をまっすぐ伝えよう、と。
人生の残りの時間、カウントダウンされていますから
せっかくなら愛に満ちた時間に変えようと思ってます^^
こんなに長く生きるつもりはないので、残った時間はもっと短い。
と言うわけで・・・・今日は大切な日なので
気持ちを書かせてもらいました。
今の私の理解であり考えです。
これもきっと諸行無常。自然と変わるんだろうな、と思います。
ふぅ。長い文章、ここまで読んでくれてありがとうございました^^







