今日ふと、私の母のことを書きたくなったので
書いてみようと思う。
私の母は私が18歳のときに、
白血病で1年間、入退院を繰り返して亡くなった。
高校3年生になったばかりの4月中旬。
突然家族から連絡があり、母が入院したことを知った。
その日の朝は、普段通りの母でなぜ入院しなきゃならないのか信じられなかった。
記憶のなかでは、風邪で寝込むことなんて見たこともない、アクティブでいつも明るくて、パワフルなママだったからだ。
母が家にいない寂しさ、楽しく過ごしていても母のことを思い出すと一気に不安になり、全部嘘ならいいのにと何百回もおもった。
学校では、変わらずに過ごしていた。
母が病気で入院しているのを、友達に打ち明けるのは嫌だった。
その理由は
‘’かわいそう‘’という目で見られること、
そして、母親が病気なのに
よく笑っていられるねって
薄情な奴に見られたくないと思ってる自分を
自分自身がわかっているのがとてつもなく嫌だった。
なんで、母が病気なのに笑っていられるんだろう
なんで、病院に毎日通ってあげれないんだろう
そんな自分のことを分かっていながらも、それでも自分のことを優先してしまう自分自身がいやだった。
その頃、父とよく衝突していた。
母が入院した日、父と姉は余命宣告を受けていた。
それを私たち兄弟には伝えてなかった。
だから私が自分の生活を優先する姿に、父はきっと受け入れがたいものがあったんだとおもう。
入退院を繰り返しながら1年近くたった3月のはじめ
母が亡くなった。
その日は高校の卒業式だった。
記憶がもう曖昧だからちゃんとは覚えていないけど
危篤状態になっていたからか、父は前夜か早朝から病院にいた。
私たちも朝早く、病院に向かって母と一緒に過ごした。
意識がほぼなく、最後まで病気とたたかってる母の近くにいたい反面、これ以上見たくないとゆう気持ちもあった。
高校が遠いのもあって、すでに出発しなきゃいけない時間だった。
どうしたらいいか分からない私に
父が『学校にいってきなさい』と声をかけてくれて、私は学校に向かった。
最後に母に『行ってきます』と伝えたとき、もう会えないだろうと覚悟はしていた。
学校につく頃、姉から電話があった。
私は怖くて出れなかった。
そしたら、メールで母が亡くなったことが書いてあった。
これから、家に母を連れて帰ること、
本来卒業式に参加予定だった父と姉は行けないこと、
私には卒業式を、最後まで参加してきてほしいことが書いてあった。
今考えると、あの日私は
母が亡くなったことを認めたくなかったんだと思う。
家に帰ると、母がいないことが真実になるから
帰りたくなかった。
友達と最後まで写真をとったり、笑ったり
しゃべってごまかしてた。
母が亡くなったことを聞いた、友人の母が泣きながら私に寄り添ってくれたとき
なんともないふりをして笑ってた。
なんであんなことしたんだろう...
ちゃんと悲しいって認めれば良かった。
亡くなった母に対してかわいそうにって言われるのも、私にそう思われるのも嫌だった。
かわいそうな母、かわいそうな子になりたくなかった。
だから、悲しい気持ちに蓋をしちゃってた。
本当はずっと寂しくて悲しくてつらかった。
でも私だけが寂しい訳じゃない...
その考えもあって、自分の気持ちに蓋をしちゃってたんだ。
だから、ふと書きたくなったんだ。
自分が結婚するとき、妊娠したとき、出産したとき
一番近くにいてほしかった。
母親がいる家に里帰りできる友人がうらやましかった。
自分の子を母親に見てもらえるのがうらやましかった。
また会いたいよ、大人になった私に会ってほしかった。たくさんの話をしたかったよ。
まだまだ、全ての想いは受け入れきれてないかもしれない。
でも、経験した私だから感じれたこと、表現できること、すべて意味が必ずあるから。
ひとつひとつ受け止めていきたいとおもいます。