こんにちは。
北海道札幌市の介護と子育ての同時進行・ダブルケア支援研究者の野嶋成美です。
「ダブルケアと言われてホッとした」そう話す人がいる一方で、
「ダブルケアと言われたくない」そう感じる人もいます。
同じ言葉なのに、受け取り方がこんなにも違うのはなぜだろう。
自分なりに整理してみると、この違いは理解の深さや弱さ・強さではなく、その言葉をどう受け取るかの違いにあるように思います。
では、その受け取り方の違いは、どこから生まれるのでしょう。
ひとつには、自分で探しにいって出会った言葉なのか、それとも外から向けられた言葉なのか。
言葉を手にする主導権がどちらにあるかという点において、大きく関係しているように感じています。
ダブルケアと言われてホッとする人にとって、その言葉は「しんどさの理由が自分だけにあるわけじゃなかった」と気づかせてくれる説明の言葉になります。
とくに、自分で調べる中でその言葉に出会った場合、そう感じることが多いように思います。
一方で、ダブルケアと言われたくない人にとっては、その言葉がいま必死に保っている日常のバランスを一気に重たい現実として固定してしまう確定の言葉として響くこともあります。
外からその言葉を向けられたときに、こうした反応が生まれやすいようにも感じています。
同じ言葉でも、「説明」になるか、「重み」になるかは、人それぞれ。
だからこそ、言葉は正しいかどうかより、いつ、どんな文脈で置かれるかが大切なのだと思います。
【今日の一言】
ダブルケアと当事者に直接いうことは控えたほうがいい

