悪性リンパ腫から一年 | もこもかちゃんねる(チワックスとチワワの犬ブログ)

もこもかちゃんねる(チワックスとチワワの犬ブログ)

モコママ
モコさん→チワックス
モカ→チワワ

大事な我が子たちの記録や。日常のことを書いています。




去年のこの時期。2020年4月
コロナが出始め、世の中、ロックダウン騒ぎで何も出来なかった頃、

孫のノアの扁桃腺が片方だけ腫れてる!っと、
娘から連絡がきた。
娘が歯磨きの後の仕上げのベロ磨きをしている時に、その異変を発見したようで

これ、、、何日か前は無かった!と。


ソレは痛みはなく、ただ腫れているだけ。
体調も良く、熱も無い。
食欲はあり、毎日元気いっぱいだった。

ただ、今思うと、食べても太らない子だった。


ソレは痛みもなく何日かで大きくなった。
まさかとは思いながら、病院へ行った。
ちょうどコロナで世の中がピリピリし始めたばかり。
病気で診察してもらうのも、
検査入院するのも大変な時期でした。


地元の元国立病院にて検査をするも、
大人はあるけど、子供のソレを手術したことがないと。
その上、検査を受けたのに結果がはっきりわからないと。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
50%って、、、


そ、そんな答えって、、、


ゆっくりしてたら大変な事になる!っと、
県外の病院での治療を始める事にした。

隣だけど県外。
コロナの恐怖のせいで県外の車にイタズラや嫌がらせをするなどのウワサが出ていた。
通うだけでも怖かっただろう。


だが、専門の医師に出会えた事。
最短でガンがなくなった事。
今は本当に感謝しかない。


ただ、、、これは完治の無い病気。
再発するかもしれない事、
子供を産めない身体になっているかもしれない事。
見えない不安は消えない。


悪性リンパ腫。
たまたま見える場所に出来たから、
たまたま発見が早かったから良かったが
我が孫がそんな大きな病気だなんて
なかなか信じれなかったよ。


病院を変わってからは本格的な治療になった。
治療計画、治療法などは、先生や看護師さんなどがチームとなり、わからない事はすぐに説明をしてくれた。


治療が始まるとすぐにグッタリするのかと心配だった。
病気のイメージが悪すぎる。


治療を始める前にはいろんな検査をした。
MRIに入るのも怖くて泣いて進まず。
絶食からの全身麻酔。
本格的な治療に入る前にカテーテルを胸に入れる手術があった。
点滴をつけっぱなしで薬をいれたり、採血や輸血をする時のために。
まだ抗がん剤治療が始まる前の準備の段階で、
あまりの痛々しい姿に胸が痛くなった。


毎日、テレビ電話で何時間も話をした。
とにかく笑顔で接した。
ノアは調子が悪く携帯の画面を伏せて何も喋らない時もあった。
寝たきりで手と足をちょっと動かすだけ。
頭が痛くて動けないと。

辛いから、家に帰りたいと泣いた。

じゃあ、帰ったら食べ放題に行こう!
綿菓子作ったよね!
アイス食べたよね!
ほら、おおじいちゃんと行った所にまた行こう!
楽しかったね!

誕生日は何が欲しいかな〜?
アナ雪のブロック?
えー!高いなぁー!なんていいながら、
プレゼントが届いた日の電話でのテンションの違いが嬉しくて。
毎日楽しめるように、1日一回ね!と、
くじ引きのおもちゃを贈ったり。

いつも、少しだけ未来の話しをした。
明日は?来週は?来月は?、、、と。


だが、家に帰りたい。
にぃにに会いたい。
痛い。
なんで?
ねぇなんで?
と、ぐずる日もあった。


母親か父親どちらか1人しか部屋には入れない状態だった。
コロナ禍での無菌室生活だったから。
ただ、娘も看病でかなり疲れていた。

大きな病院でも付き添いの食事までは無い。
買い物もノアを置いてはなかなか行けないので院内の店が閉まってしまう時も。
外へ出てコロナ菌をもらう恐怖もあった。
夜中のトイレなどの看護疲れあり、
娘もかなりのストレスだっただろう。

だが娘だけじゃ無い。
電話の向こうでお母さんが居ない事を寂しがる末っ子。
一年生のお兄ちゃんは、お兄ちゃんとして、ずいぶん我慢をしただろう。
仕事を休めないパパも、慣れない家事育児をしながら本当によく頑張った。
家族がみんなで頑張ったと思う。

まだ始まったばかりの不安と疲れで、
夫婦喧嘩になり泣きながら電話してきた時もあった。
離れていて助けてやれない歯痒さを我慢して愚痴を聞いてやるしかできなかった。


そしてついに。
覚悟はしていたが、ツライ現実。
目に見えて髪の毛が、、、

これでも1クール目はまだグッタリする日が少なかった。
痛くて泣いてる日もあったが、
なんとか耐えれそうだね!っと安易に思っていた。

けど2クール目が始まった頃には、
流石に電話を切った後、涙が出た。
起き上がれず、ご飯も食べなくなったからだ。

もしかしたら、このまま生きて会えないかもしれないという恐怖。

グッタリだけの日は数日で、あとはゆっくり体力を回復しながらすごす病院生活。
髪の毛はなくても、体は起こせなくても
元気いっぱいでしゃべる日が増えた。
もともと口が達者な子だったから。

けど、体力は落ち、歩くのも練習がいるようになっていた。

廊下でする歩行練習の時は誕生日にもらったミニオンの風船をもって歩いていた。
元気になって、早く保育園に戻りたいと。

廊下には同じような病気の子が同じ様に歩行練習をしていた。
保育の時間があり、少しは遊びに行けるようにもなった。
お友達も出来、手紙の交換や折り紙なんかのプレゼント交換をしたりの楽しみができた。


数値と体調が良くなると2、3日だけ家に帰って良いと許可が出る。
だが、テンションが上がりすぎて、帰っても長くは居れずの時もあった。

髪の毛も抜け続ける。
『作るお菓子』のお見舞いが届くと嬉しくて
作った写真を送ってくれたりした。
LINEの使い方も覚えて、やたら変な写真がくる日もあった。
落書きした写真とか。
『見てこのテレビ面白いから一緒に見よう!』
っと電話なのに、テレビの画面を1時間くらい見さされた日もあったわ。笑


3クール目にもなると、本人も黄色の点滴頭痛くなる。と、ちょっと嫌がる言葉も出たり。

吐き気止めのおかげもあったが、
この子はあまり吐かない子だった。
そして、もともと食べる事が好きな子だったからか、元気になるのも早かったようだ。

しかし抗がん剤治療はやっぱりみんなを不安にさせた。
薬が入るとまた喋る事がなくなり、食べなくなり、動かなくなる。
グッタリだ。
体は明らかに小さくなったような。

が!嬉しい事にガンの再再発はなかった!


無事4クール目の治療ができた。
結果も良好だった。
辛さより、家に帰れる日を数える楽しみができた。
ばあば!ノア、あと○日で帰れるよ!
ばあばはいつフィリピンから帰るの?

っと難しい質問もあった。苦笑


そして。
無事に退院できた。


退院してからも、定期的に検査があるので病院通いは終わらないが、
検査の回数も減ってきた。
採血も一人で泣かずに出来るようになった。


今はもう元気すぎて本当に病気だったの?
っというくらいに🤗
ただ、、、、
気のせいか性格が男の子っぽくなってた。
髪型のせいかな?
まさか輸血で?笑

前より元気ならそれでいいおねがい

そして、この春
無事に小学生になる事ができました。


みんなと一緒に一年生になりたいって夢!
頑張ったから叶ったね。


病気を初めて聞いた時の絶望感から一年。
今はただ本当に良かったと感じている。

おめでとう、ノア。
よくがんばったね。