今日は、9年ぶりに股関節の診察で病院に行きました。
物理的に、股関節がどういう状態なのかを
目の当たりにした。
予想通り、
左股関節も、もう使い果たしていました。
左股関節に強烈な痛みを感じてから、3年。
筋力トレーニング。
鍼治療。
整体。
スピリチュアル的な発想。
思いつくことは、
できる限りやってきた。
何かのきっかけで
痛みが取れるかもしれない。
なんとか突破できるかもしれない。
そうやって、探し続けてきた。
でも、
ひとつだけ
やっていなかったことがあった。
それは
「何もしない」ということ。
この3ヶ月間、
股関節に負担をかけない生活をしていた。
焦り。
これまでの癖。
“動いていないと価値がない”という思い込み。
それらを削ぎ落としながら、
動きたくなる気持ちを
ただ、なだめていた。
動けばかばう。
かばえば、筋肉のバランスが崩れる。
だから一度、
すべてを緩めてみた。
でも、
痛みが和らぐことはなかった。
股関節に手を当てて、
「大丈夫だよ」
「一緒にいるよ」
そうやって、ただ、さすっていた。
治すためじゃなく、
ずっと共に踊ってきた、
一緒に生きてきた股関節に
ただ、そうしてあげたかったんだ。
そして、今。
ひとつの可能性も、受け入れた。
スピリチュアルでもなく、
気合でもなく、
“在り方”だけでは届かない領域もある。
祈りでも、
想いでも、
毎日の習慣でも、
届かないこともある。
それを認めるのが
一番つらかった。
本当につらいよ。
だって、
もう手術はしたくなかったから。
体が本来持っている
自分で治す力を信じたかったから。
でも、また僕はそのために、痛みを堪えて、
頑張り続けることになる。
でも今日、
病院で股関節の状態を見たとき、
これ以上は、もう無理だと思った。
本当にひどくて。
「よくここまで頑張ってくれたね」
そう思ったら、
涙が出た。
現実を受け入れる勇気と覚悟はしてたし、
予想もしてたはずなのに、やっぱりショックだった。
3年間、
痛みと戦い、
そして最後の3ヶ月は、全てを受け入れ、
自分だけで、体に寄り添いながら過ごした。
そしたら、無理ばかりさせて来たことを、体が許してくれたんだ。
あの時間は、
お別れの時間だったのかもしれないね。
そして、僕は
手術を決めました。
自然治癒と
医療を選ぶことは、
対立じゃないし、
体を信じるからこそ、
必要な助けも受け取れる。
まだやりたい事も、見たい景色もあるんだ。
何よりも、
この先の20年の人生が、明るく見えたから。
名取寛人
