江戸時代の山口志道の言霊学を
現代へプロデュースする
たかやしきひろしです(^o^)/
今回のブログは、「ぼくと山口志道」シリーズの第3弾となります。
以下はその第一弾と第二弾になります。
「ぼくと山口志道の出会い」
https://ameblo.mom/hirosuper135/entry-12436033800.html「ぼくが山口志道の本を書くことになるまで」
1/30(火)にぼくは夜の帰り道にふと頭をよぎったものがあります。
それはアカシックリーダーのサラ・トヴァイアスさんを通じて僕にメッセージを送ってきたのは誰なのかということです。
昨年の3月。
僕は山水治夫さんとつきあかりさんとサラ・トヴァイアスさんのコラボイベントに参加させていただきました。
瀬織津媛協会
山水治夫さんのブログ
サラ・トヴァイアスさん
そのイベントは「瀬織津姫と饒速日命カード」の発売記念として催されたものでした。
サラさんはそのカードに描かれている神さまや過去の偉人たちから降りてきたメッセージを伝えるお役目でした。
このイベントでは、参加者全員がサラさんからアカシックリーディングを受けられる特典がついていました。
時間はほんの数分です。
その、ほんの数分のリーディングの中で最初に言われた言葉がこれだったのです。
「今まで研究してきたことをまとめてください」
僕はその研究とは山口志道のことなんだなと思ったのです。
サラさんがその第一声を発する前、
サラさんは手ではらいのけるようにしながら
「黙って、黙って、
静かにして
下がって、下がって。」
と目には見えない複数の存在とやりとりしていたのです。
サラさんが「今まで研究してきたことをまとめてください」と言ったあと、
「たかやしきさんにメッセージを伝えてくれと言ってくる存在がたくさん来てます」
と言ったのです。
そのときはそれが誰なのかまでは知ることができませんでした。
そのあと、僕になにかを伝えたい人たちっていったい誰なんだろうとずっと考えていました。
ご先祖さまかな?
山口志道かな?
などと考えていました。
そして、1月30日。
僕の中であることが
閃きました!
そっか!
僕にメッセージを
伝えたい
たくさんの人っていうのは
百人一首の100人の
作者だ!
世の中の百人一首の解説本は
間違った解釈が多々されているために
百人一首の作者たちは
それを嘆き悲しんでいる。
だから
それをなんとかして欲しいと
僕にすがってきてるんだなと。
志道が100年以上も前に
「百首正解」という本を書いているにも
関わらず、
それは世間一般には流布されず
当時の間違った百人一首の解説が
現代にそのまま受け継がれている。
それを正してくれと僕に言ってきてるんだなと。
僕がやっている、この
「新訳百人一首」シリーズ
これには、百人一首の100人の作者と
山口志道を合わせた
101人の想いが込められているんだな。
つまり、これは
101人のサポーターが
ついているのと同じ。
負ける気しねぇ 笑
いつも読んでいただきありがとうございます。
あなたに
すべての
よきことが
なだれのごとく
おきますように
鷹屋敷洋史
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