●運勢を良くする部屋の模様替え。

 

気分を一新したい時、引っ越ししたりする方もいるでしょうが、

 

引っ越しは大変だし、お金もかかります。

 

そこで気分を一新したい時に、お勧めなのが、

 

部屋の模様替えです。

 

女の子は特に、部屋の模様替えを行う人が多いですよね。

 

どうせ部屋の模様替えをするなら、

 

運勢が良い方向に向くように模様替えしたいですよね。

 

 

そこで今日は、こんな問題を。

 

下は彼氏の部屋です。

 

 

聞くと、人生余り上手くいっていないと、いつもボヤいているそうです。

 

そこで、彼氏の部屋の模様替えを手伝ってあげる事になりました。

 

下の部屋のどこをいじると、

 

彼氏の運勢が上向きに動き出す可能性が高いと思いますか?

 

少し考えてから、先をお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上の部屋のどこをいじると、運勢は上向きに動き出す可能性が高いかと言うと、

 

霊能者の宜保愛子さんいわく、

 

部屋の南東部分を綺麗にすると運勢が良くなりやすいと言います。

 

つまり、

■部屋の南東部分だけでも、いつも綺麗に保つ。

■部屋の南東には、ゴミ箱を置かない。

■部屋の南東が壁であっても、家具などでふさがない。

 絵のように南東の壁際に背の高いタンスを置くと南東の壁がほぼ見えなってしまいます。それよりは、低いデスクなどを置いた方が南東の壁が見えます。

 

絵の部屋はタンスの上にも段ボール箱を置いたりしていてゴミ置き状態です。

これでは人生余りうまくいかない事がおきても不思議ではありません。

 

皆さんも、部屋の模様替えをするときは、

■せめて南東部分だけでも、いつも綺麗にしておく。

南東の壁を背の高い家具でふさがない様にする。

 

そんな事を心がけてみてください。

 

END

●美輪明宏さん逝く。

 

今日は、何を書こうかとニュースを見てみると、

 

2026年6月20日に、美輪明宏さんが91歳で逝去されたという。

 

 

歌手、俳優、演出家などとして幅広く活躍した方でした。

 

スピリチュアルに興味がある方なら、誰もが知っている方かと思います。

 

最後は「ありがとう」と一言感謝の言葉を伝え、静かに目を閉じたという。

 

お別れの会や偲ぶ会の開催予定はなく、香典や供花についても辞退するとしています

 

 

 

個人的に私が印象に残っているのは、

 

江原啓之さんと共演してた「オーラの泉」と、

映画もののけ姫に出ていたオオカミ?の「モロの君」の声をやっていた事でしょうか。

 

 

 

 

三輪さんは、1935年5月15日、

 

長崎県長崎市本石灰町で父・寺田作市と母・ムメとの間に、5人兄弟の次男として誕生しました。

 

しかし、三輪がまだ2歳の時に、母親が32歳で他界します。

 

そして、三輪が10歳の時、世紀の大悲劇が三輪を襲うのです。

 

長崎原爆投下です。

美輪は窓際で夏休みの宿題に御伽草子の「万寿姫」の絵を描いていた。

絵の仕上がりを確認するため、二、三歩後方に下がった時でした。

何千ものマグネシウムを焚いたような白い光が町を襲いました。

 

その直後に、激しい爆発音が聞こえ、

家がぐらぐら揺れて傾きました。

 

原子爆弾の爆風です!

美輪の自宅は原爆投下地点から直線距離たった約3.6kmの場所にあり、

強烈な閃光と爆風に襲われました。

 

 

 

のちに美輪さんは、こう語っています。

 

「部屋の中でほんの少し身をかがめていたことで、生き延びました。

 

その後の美輪が見た光景は、まさにこの世の地獄だったという。

 

焼けただれた人々。

水を求めてさまよう人々。

 

この体験が、

のちに80年以上にわたって若い世代に平和を伝え続けた美輪の原点である。

 

 

 

終戦後、歌が上手かった15歳の美輪は、

国立音楽高等学校(現在の国立音楽大学附属高等学校)に進学するため上京する。

 

しかし、久々に実家に帰った時だった。

 

父親が生活が苦しくなった親戚を無情にも見捨てるような態度をとったことに

美輪は激怒し、父親と大喧嘩して東京に戻ったのですが、

父からは絶縁を言い渡され、当然ながら父親からの仕送りは停止。

 

美輪はは東京で自活するために国立音高を高校中退

生活費を稼ぐために進駐軍のキャンプ廻りをして歌を披露しました。

 

まだ15歳。新宿駅で寝泊りしながら進駐軍のキャンプのドサ廻りでジャズを歌いギャラを頂いたことがプロとしての始まりとなった。

 

そんなやっと歌手としての道を歩み出した時だった。

 

突然、美輪に絶縁を言い渡し仕送りを停止した父がやって来た。

金の無心をしてきたのだ。

 

かつての、父が親戚にした無情な仕打ちと同じことを美輪が父に出来るはずもなく、

 

かといって父を許せない気持ちが消えてはいなかったが、父の元には兄弟がいる。

 

美輪は仕方なく兄弟の生活を守る為に、歌手活動とは別に、

 

ゲイバーやバーテンダーなどのアルバイトにも従事して日当をしました。

 

吐血等の原爆症に悩まされながらも、アルバイトでキャバレー回りや進駐軍キャンプで歌って父に金を渡したのだった。

 

この頃、ある店で頼まれてシャンソンを歌ったところ、

店に居合わせた戦前からの宝塚スターの橘薫と知り合い、銀座7丁目にあるシャンソン喫茶「銀巴里」で美少年(ボーイ)兼歌手募集の張り紙広告を見て応募します。

 

 

次第に人気を博し、

当時の日本を代表する文化人が集まっていた店で歌った事もあり、

 

流行歌ではなく、フランスのシャンソンを歌っていた美輪に注目が集まります。

 

 

「天才が現れた」口コミで一気に名前が広がったのです。

 

三島由紀夫、野坂昭如、大江健三郎、遠藤周作、江戸川乱歩、川端康成、なかにし礼といった文化人の支持を得て、歌手としての道を歩み始めます。

 

特に、あの三島由紀夫が認めた人として、評価が高まりました。

原爆症に悩まされながらも成功したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

最後に、

 

美輪さんは、若い人たちに、こんな言葉を残しています。

 

 

 

恋とは自分本位なもの。愛とは相手本位なもの。

 

「会いたい」は恋。

「幸せになってほしい」は愛。

 

 

「好きだから付き合いたい」

ではなく、

「相手が幸せなら自分もうれしい」

これが本当の愛だという。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、なかなか幸せになれないという女性に、

 

 

 

「大丈夫。

 今日から、

 不幸の数を数えるよりも、幸せの数を数えてみましょうね。

 

 きっとあなたも、幸せになれるから。」

 

END

●幽体離脱。する芸能人。

 

心霊現象の1つに幽体離脱というものがあります。

 

幽体離脱とは、

自分の意識が体から離れ、自分の体を外から見ているように感じる体験を指します。

 

体験した人は

■天井近くから自分の寝ている姿を見た。

■病院で手術中の自分を上から見ていた。

部屋の外へ出て移動した感覚があった。

体に戻ると急に目が覚めた。

などと話すことがあります。

 

一番多いのは、心肺停止など死にそうになった時に起きる幽体離脱でしょう。

 

イギリス・サウサンプトン大学のAWARE研究では、

 

心肺停止を経験した101人を調査した結果、

46人が何らかの記憶や意識体験を報告。

そのうち、9人が典型的な臨死体験(NDE)に該当。

そのうち、2人が「自分の体を離れて見たり聞いたりした」と言える体外離脱(OBE)に一致する体験を報告しました。

そのうち、1人は、心停止中の蘇生処置で使われた機器の音や処置の流れを具体的に説明し、その内容は医療スタッフの記録とおおむね一致していたと報告されています。

 

アメリカでは、Out-of-Body Experienceと言っていました。

 

アニータ・ムアジャーニ(Anita Moorjani)さんは、

がんで昏睡状態になった際の臨死体験を『Dying to Be Me(私は私として生きる)』にまとめました。

亡くなった親族に会った」「深い安らぎを感じた」と語っています。

 

ジョージ・リッチー(George Ritchie)さんは、

第二次世界大戦中に一時死亡と診断された後、生還。

「体を離れて旅をした」と語り、『Return from Tomorrow(明日への帰還)』を出版。

後の臨死体験研究に大きな影響を与えました。

 

パム・レイノルズ(Pam Reynolds)さんの例は最も有名な症例で、

 

1991年、脳動脈瘤の手術をした時、

心拍停止・脳波平坦(EEGが平坦)・体温約10℃まで下げる特殊手術中に、「手術室を上から見ていた」と報告していて、手術器具や医師の会話を後から詳しく説明したことで世界的に有名になりました。

 

そんな頃、映画ジャイアントで有名になった女優・エリザベス・テイラーさんが、

臨死体についてインタビューで語ったことがあり、

心理学者で有名なカール・ユングさんが、

心臓発作の際に、自分が宇宙空間から地球を眺めるような体験をしたと自伝で語っています。

 

日本でも、テレビで、

ももいろクローバーZの高城れにさんが、

意識だけが体から抜けるような感覚を体験したと語っています。

 

また、俳優の小泉孝太郎さんも、

テレビで金縛り中に体から抜けるような感覚を経験したと話しています。

 

その中でも、私が面白いなぁと思ったのは、

霊能者が見ると、幽体離脱出来る人が分かる時があるという事でした。

 

ある時、テレビ番組で霊能者の宜保愛子さんが、

ゲストの方を霊視するという番組があり、

 

タレントの森口博子さんを霊視した時の事です。

宜保さんが森口さんに、いきなり、こんな事を言ったのです。

 

「あなた、幽体離脱した事あるでしょ?」

 

のちに森口博子さんは、この時の事をこう語りました。

 

私が小さい時に、幽体離脱の経験があると、

いままで誰に話しても信じてもらえなかったんです。

「おまえ、寝ぼけていたんだよ。」って、

でも宜保さんが「あなた、幽体離脱したことあるでしょ」って言ってくださってからは、

みんなが「森口、ウソじゃなかったんだね」って信じてくれる様になりました。

あの時のテレビ番組を加山雄三さんが見ていらして、

「実は僕も、幽体離脱の経験があるんだよ。」って言われました。

「君の場合は、天井までだったらしいけど、僕は自分の家の屋根を上から見てた」って。

 

宜保さんいわく、

 

「幽体離脱というのは、

 寝ている時などに、肉体から魂だけが抜け出してしまう現象を言うんですが、

 これを体験する人は、本当に希なんです。

 ただ別にどこかが悪い訳じゃなくて、あくまで体質的なもの。

 ですから心配する事ではありません。」

 

それを聞いて森口さんが、

「良かった。

 私の場合、寝ていると、ビューンという感じで体が持ち上がって天井がすぐそばに

 見えるんです。『えっ、なになに、何が起こったの』と思っていると、

 次の瞬間、くるっと体が下向きになって・・・。するとベッドの上には、ちゃんと

 寝ている自分が見えるんです。『不思議だな、自分で自分を見てるわ』みたいな。」

 

それを聞いていた宜保さんが、

「そのうち、宙に浮いている自分が時計の針のように回りだすのよね。」

 

「そう、回るんです。回るんです。回るんですよ。」と森口さん。

 

 

番組では、のちに森口博子さんが宜保さんに、

「でも、宜保さんは、どうして私が幽体離脱の経験者だって分かったんですか?

と質問します。

 

そこで問題です。

 

その質問に対して、宜保さんは何と答えた思いますか?

 

少し考えてから、先をお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番組では、森口博子さんが宜保さんに、

「でも、宜保さんは、どうして私が幽体離脱の経験者だって分かったんですか?

と質問します。

 

 

すると、宜保さんは、

お祖母さんの霊が、『この子には、こんな性癖があるんですよ』と、

教えてくれたんです。

 

「えっ、やだぁ、お祖母ちゃんがですか?」

 

「今もあなたの肩のところで、ニコニコ笑っているわ。」

 

「私、デビューする前は、福岡に住んでいたんですけど、そこに、

 お祖母ちゃんが訪ねて来た事があるんです。

 もう体の具合があんまり良くなくて、入退院を繰り返していたんですが、

『珍しく体調がいいから』って。その時、

 私が『歌手を目指している』って言ったら、

『それじゃ歌ってみなさい』とお祖母ちゃんにせがまれて、

 3曲歌ったんです。お祖母ちゃん、とっても喜んでくれて、

 バッグの中から小さく折りたたんだ100円札を出して、

『はい、おだちん』って、私にくれたんですよ。

 

「おばあさま、よほど貴方の成長が嬉しかったのね。」

 

「100円札なんて、当時も珍しかったですからね、大事にとっておいたら、

 それがお祖母ちゃんの形見になってしまって、

 お祖母ちゃんは福岡から帰った翌々日、畑仕事をして、

『あ~疲れた』と横になったまま、眠るように亡くなっちゃんです。」

 

「そうだったんですか。

 おばあさまは、亡くなる直前にあなたにお別れを言いにみえたのね。

 それだけあなたの事を気にかけていたんですよ。」

 

END