藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…

 

 

 

運と徳といえば、 忘れられないことがある。 

 

大分前になるが、たまたま乗った タクシーのドライバーから聞いた話である。 

 

その人は本業が葬儀屋で、閑な時にタクシーの仕事をしているのだった。 

 

 

ある時、五十歳がらみの一人の男性から母親の葬儀の依頼を受けた。 

 

その後父親は息子の世話になるということで、 夫婦で蓄えた一億円を息子に譲渡した。 

 

それから一年後に父親が亡くなった。 

 

ところが息子は、 今度は葬儀をしない、 骨だけにしてほしい、という。 

 

 

あなたは一億円を父親から譲られたのにどうして葬式を出さないのかと聞くと、実はあの一億円は自分で使ったり人に貸したりして、あっという間になくなってしまった、という答えだった。

 

この話が物語るものは何か。

 

徳のない人からはどんな幸運も去っていく、ということだろう。

 

 

古典に教えがある。

 

「皇天(こうてん)は親(しん)なし。

 

ただ徳をこれ輔(たす)く」天は人を選んで親しくしたりしない。

 

ただ徳のある人を助ける、と『書経(しょきょう)』にある。

 

 

 

『老子』も同じことをいう。

 

「天道(てんどう)は親なし。

 

常に善人に与(くみ)す」

 

 

 

東洋の古典は一致して運と徳は相関している、と説いている。

 

その人が持っている、あるいは培(つちか)ってきた徳分(とくぶん)に応じて、人はそれにふさわしい運命に出逢っていく、と教えている。

 

 

 

人間における運とツキの法則』致知出版社

人間における運とツキの法則

 

 

 

 

 

 

藤尾秀昭氏は「徳を高める」について本書の中でこう述べている。

 

 

『ではどうすれば、徳を高くすることができるのか。

 

そこに至る道程をズバリ示した言葉が『論語』にある。

 

 

「事を先にし、得るを後にするは徳を崇(たか)くするに非ずや。

 

その悪を攻(せ)めて人の悪を攻むることなきは慝(とく)を修むるに非ずや」

 

 

まずやるべきことをやる。

 

それによってどんな報酬があるかを考えるのは後回しにする。

 

それが徳を高めることになる。

 

 

自分のよくないところを攻めて、人のよくないところは攻めない。

 

それが自分の中に潜んでいる悪を修めていくことになる、というのである。

 

拳々服膺(けんけんふくよう)したい言葉である。

 

 

徳を修める上での大事な心得を『易経』も説いている。

 

「身に反(かえ)りて徳を修む」

 

 

困難に遭う。

 

失敗する。

 

そういう時は自分に原因がないかを反省する。

 

それが徳を修めることになるという。

 

 

松下幸之助氏はこの言葉を生涯実践した人である。

 

氏はいう。

 

「ぼくは物事がうまくいった時は皆のおかげ、うまくいかなかった時はすべて自分の責任と思っていた」』

 

 

そして、「与えられた環境の中で運命を呪わず、不平不満をいわず、最高最善の努力をすること」だという。

 

 

「徳のない人からはどんな幸運も去っていく」という言葉を胸に刻みたい。

 

 

 

人間における運とツキの法則

 

 

 

 

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