藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…
ラジオで聴いた若いOLの話である。
彼女の生家は代々の農家。もの心つく前に母親を亡くした。
だが、寂しくはなかった。
父親に可愛がられて育てられたからである。
父は働き者であった。
三ヘクタールの水田と二ヘクタールの畑を耕して立ち働いた。
村のためにも尽くした。
行事や共同作業には骨身を惜しまず、ことがあると、
そんな父を彼女は尊敬していた。
父娘二人の暮らしは温かさに満ちて いた。
彼女が高校三年の十二月だった。
その朝、彼女はいつものように登校し、
そこで悲劇は起こった。
居眠り運転のトレーラーと衝突したのである。
「彼女は父が収容された病院に駆けつけた。
苦しい息の下から父は切れ切れに言った。
「これからはお前一人になる。すまんなあ......」
そして、こう続けた。
「いいか、これからは“おかげさま、おかげさま”
それが父の最期の言葉だった。
父からもらった“ おかげさま”のお守りは、彼女を裏切らなかった。
親切にしてくれる村人に彼女はいつも「おかげさま」
彼女のそんな姿に村人はどこまでも優しかった。
その優しさ が彼女を助け、支えた。
父の最期の言葉がA子さんの心に光を灯し、
また、本書に安岡正篤先生のこんな言葉がありました。
「一隅を照らす」という話に深く感応したのが、
爾来(じらい)、 安岡師は「一燈照隅(いっとうしょうぐう)」を己の行とし、
「賢は賢なりに、愚は愚なりに、
別に偉い人になる必要はないではないか。
社会のどこにあっても、
その仕事を通じて世のため人のために貢献する。
『小さな人生論 (小さな人生論シリーズ)』致知出版社
「別に偉い人になる必要はない、愚は愚なりに、
私の戒めの言葉です。
そして同時に、「おかげさま」という言葉をお守りとし、
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私ごとになりますが、本日はブログ(メルマガ)を書き始めて、
13年前の2009年8月24日から毎日書き続け、
思い起こせばこの間、色々なことがありました。
東日本大震災、平成の終わりと令和の始まり、
中でも、東日本大震災のときは、
「十年偉大なり、二十年畏るべし、三十年歴史なる」
まさに、凡百の人間が、才能ある人々に伍して生きていくための、
東井義雄先生のおっしゃった言葉に「ほんものは続く、
次の6000号に向けて、少しでも、ほんものに近づけるよう、
また、始めた当時、ゼロだったフォロワーも、昨日の段階で、
総計で約6万人の方々がフォローしてくださり、
本当に感謝しかありません。
日頃の皆様のご厚情に心より御礼を申し上げ、
そして、みなさまに伏して…
「おかげさま」と心の中で手を合わせたいと思います。
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