天中殺が開けて、ホッとしていましたが

「天中殺があける頃が一番注意する時」



そんな時に父が急に亡くなりました。


その日の朝まで元気だったのに、
急変してしまいました。


多分、父も驚いていると思います。

私の家に同居して1年9ヶ月

思えば、
何度も家族で話し合い
最終的に埼玉に行くと決断したのは
父本人でした。

父を迎え入れるため
家の中を模様替えを娘と二人でしました。

介護について無知だった私は
市の福祉課に行き、
どうすればよいのか聞きながら段取りし、

様々な手続きをし
それはそれは毎日あちこち奔走し

私と父と娘の三人生活が始まりました。

独り暮らしをしていた頃に比べたら
父が安堵していることもわかったし、
色々なしがらみから解放されて
表情が緩んでいく様もわかりました。

そんな父を見て
引き取って良かったんだと
自分に納得させながら
毎日の生活が始まったのです。

家族にはとてつもなく氣を使う父が
他人には言いたい放題。
思いをぶつけるので、
私はいつも止めに入ったり
介護スタッフさんに謝ったりと

段々父に対して不満を持ち始めました。

父が亡くなった後にある人に言われました。
「じいちゃんは娘に弱いところを見せたくなかったんだと思うよ」って。

父親から見る娘の存在ってどんなものなのか
主人がいればそんな話も聞けたんだろうけど
父親が娘を思う気持ちって
いまいち感じ取ってなかったのも事実で。


2月に入ってふと
子供の頃に私と父と妹の三人で、
お風呂に入って洗ってもらっている光景が甦ってきました。

それを思い出した時に
本当の父は、
目の前で見ている弱った父ではなく

私達姉妹をたくさん愛してくれていたことを
思い出したのです。

そうしたら、私は実は
父が大好きだったことも思い出し。

目の前の父と昔の父との違いを埋めるために
自分なりに考えを変えていかないとなって
思い始めた矢先の急逝でした。


1年9ヶ月の同居生活で
私は父にどれくらい笑顔を見せただろうか。
どのくらい優しい言葉をかけてあげたのか
記憶にないんです。


葬儀が終わるまで、
私は涙がひとつも出ずに
感情が湧いてこなくて
やたらと冷静で。


だけど、葬儀が終わった夜
娘と二人で夕飯を食べていた時に
急に感情が溢れだし
涙が止まらなくなってしまいました。


実の父とはいえ、
何十年ぶりに一緒にいることは
かなり氣を使い
家にいつも誰か居ることに
苦しさを感じる時もあり
色んな葛藤がありました。

だけど、本当に居なくなると
素直に『寂しい』という気持ちが溢れだし
恥ずかしながら

昔、父に駄々をこねた時のように
遺影に向かって大声で泣きました。

本当は大好きだった父

居なくなってから氣付く自分の愚かさに
なんとも言えない悔しさややりきれなさが
残るだけです。

有難いことに周りの支えによって
1日ずつ落ち着きを取り戻してきています。


介護の色々を
父のおかげで学ばせてもらいました。


悲しいですが、
親をお花いっぱいにして
見送ってあげられたことは
何より幸せなことことだとも感じています。