正しい生き方があると思って生きてきたからこそ、その正しさに添えない事が辛くて、ずっと自分を責めていました。
正しい生き方。
何をもって正しいというのか…?
正しいからなんなんだ…?
それは幸せとイコールなのか…?
よく分からないですよね。
突っ込みどころ満載なのに、それでもそれがあると思ってた私。
なぜそれがあると思えたのか。
それは家族がいたから。
私にとっては、正しいの指針が家族(両親)でした。
安心できる場所だからこそ、
帰れる場所だと思えるからこそ、
その期待(正しさ)に応えないといけないと思っていました。
結構勝手なことやってるつもりで、最終は両親が正しいと思ってる自分がいて。
それに添えない自分だと思った時は本当にしんどかった。
無意識であれ意識的であれ。
今でもまだ辛い気持ちが残ってます。
親離れ出来てないという事ですね。たぶん。
思春期かもしれない。
…おっ遅そっっっΣ( ̄ロ ̄lll)
(思わずセルフツッコミ…)
でもきっとそうなんだろうな。
情けないですけど、良い子になろうとするスキルは一級品なのでここまで来てしまった。
いや、来れたんだと思います。
期待に添ってきた自分だという自負はそれなりにあるんですよね。
なんだそりゃ、ですけど。
自分の幸せをと思いながら、親の幸せを願って生きてきた。
ん…?これだと親のせいにしてるように読めるか、、
そうではなくて、
自分がどうあれたら幸せか。を両親の望む生き方に乗せようとしていたんですよね。
怖いから。
ずっとずっと怖いから、親の手を離せなかったんでしょう。
怖くないフリは出来る。
そうやって、自分が本当に望む道を見ないフリして、甘えていたんだろうな。なんて思います。
自分で選択出来なかった。
自分(の選択)を信じられないでいた。
そういう事でもあるのかなと。
これが最近の気づきです。
だからこそ、
私は私(の望む事)を選択して、自分なりの正しさを自分の生き方で証明していきたい。と思えました。
生きていくってそういう事なんですよね。きっと。
今度こそ、自分を大切に。
そして、自分を大切にしてくれた人たちへの尊敬と敬意も忘れずに。
ここまで来れたのは、おかげさまであるに違いないので。
とはいえ、他人に対してムカつく時が無くなるわけじゃないですけど。
…台無し?笑
でも感情を素直に自分で感じることも大事だと思うんです。
感情が揺れ動くという事は、喜怒哀楽何であれ、そこに自分と自分以外との間にある何かを見つける事が出来るという事。
また自分を知るきっかけになるでしょうし。
また長くなりそうな予感がしてきましたが、、
要は、素直に生きていく。
自分の選択を人に委ねない。
自分であることに自信を持って生きていく。
それを私なりの言葉や方法で、表現していけたらと思います。
自分の望む道へ進んでいけるように。
という、お話でした!
まとまったかな…?
ちょっと自信ないですけど。笑
とりあえず以上!