今日は、
「好きなように生きたい」と思っているのに、
怖くて動けなかった頃の僕のことを書いてみました。

昔の僕みたいに、
「自由に生きるなんて自分には無理」
と思っている方に、
少しでも届いたらうれしいです^^

 

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「好きなように生きたい」

そう思うたびに、
「でも、そんなことして大丈夫なのか」と
怖くなってしまうことはないでしょうか。

僕はずっと、
好きなように生きるなんて
自分には無理だと思っていました。

やりたいことを自由にやりたい。

興味を持ったものを、
言い訳をつけずにやってみたい。

嫌なのに我慢していることを、
もうやめたい。

そんなふうに、
自由に生きたい気持ちは
人並み以上にあったと思います。

でも、
そんなことをして本当に大丈夫なんだろうか?

ちゃんと働かなくていいの?
人からどう思われる?
失敗したらどうする?
お金は?

そんな不安のほうが大きくて、
結局、自分の気持ちを後回しにし続けて、

やがて
「そんなことは無理に決まってる」
と思うようになりました。

それどころか、
自由に生きている人を見ても
「あれは別の世界の人👽👽👽」
ということにして(笑)


自分の中にある
そんなチャンスも才能も……
願望さえも、
無いことにしていたんです。


実は、昔の僕は、
「好きなように生きていいよ」
と言われても、
実はまったくピンと来ませんでした。

それは、
好きなように生きるのは
一部の特別な人だけの話だと思っていたからです。

でも今は、
人生は本当に
自分の好きなように生きていいんだと思っています。


今日は、
好きなように生きたい。でも怖かった僕が、
どうやって少しずつ自由に生きられるように

なったのかを書いてみます!

僕の父はずっとサラリーマンで、
子どもの頃から僕の中には父の口癖

「大学は国立に行かないと意味がない」
「ちゃんとした会社で働くのが普通」
「我慢して頑張って出世するのが当たり前」
「そこから外れたらクズ」

みたいな言葉が暗示のように入っており、

それが当たり前のように僕の前提になってしまいした。

だから僕も、
そうやって生きるのが普通だと思っていたんです。

でも実際は、
その“普通”が僕にはものすごく苦しかった。

 

朝が弱く、学校に朝から行くだけでも大変。

というか、小学生の頃から欠席が多かったし、

中学や高校では今でいう不登校でした。

 

この辺から上の自分の前提と乖離し始め、

罪悪感や劣等感を感じながらヤサクレていました(笑)、

 

大学生になって家を出たこともあり、

呪縛から少しずつ抜け出して、

自分の道を歩んでいる感がを得たのも束の間・・・

父の策略?で地元の会社に転職する事になりました。

 

そこでは、仕事そのものが嫌いだったわけじゃありません。
むしろ好きな仕事もありました。

 


その頃のワシ( ̄▽ ̄)

 


でも、
また父の価値観どおりに生きようとし始めてしまい、
頑張っていたある日……

毎日会社に行くことがしんどい。

朝起きて、
支度をして、
会社に行くだけで、
その日のエネルギーの大半を
使ってしまうようになりました。

完全に、
うつ到来ですね^^;

周りの人が普通にできていることが、
僕には全然普通じゃない。

「毎日朝起きて、会社に行って働いている人、
 すごすぎない?」
と本気で思っていました。

そんなこともできなくなった僕は、
できない自分がダメなんだと、
さらに自分を落とし込んでいました。


ほんと、
あれを普通にできる人、
ちょっと猛者すぎません?笑

みんなと同じようにできない自分には
価値がまったくない。

生きていく価値も、
この世に存在する価値もない。

そんなふうに考えるようになってしまい、
どんどん苦しくなっていきました。

そして、
止まることのない
うつ悪化パターンへ( ̄∀ ̄)


あの頃は本当に、
「もう僕の人生終わった」
と思っていました。

会社勤めはしんどい。
でも辞めるのは怖い。
辞めたら終わりだと思っている。
じゃあ続けられるのかというと……
それも限界。

前にも後ろにも行けない感じでした。

恐怖の中で目覚め、
1日分の気合いを入れて家を出て、
会社では午前中にエネルギー切れで医務室へ。
なんとか定時までは頑張ろうと、
医務室とデスクの間を行き来して・・・・


家に帰ると玄関で倒れ込んでいました。
なんの修行やねん!って感じです(汗


そんなときに、
ある本に出会いました。

たまたま見つけて、
なんとなく読んでみた。

その著者は、
僕と同じようにサラリーマン時代に苦悩し、
会社を辞めて自由に生きていました。

それだけだったのに、
僕の中で何かが動いたんです。

世の中には、
自分が思っていたのとは違う生き方がある。

しかもそれは、
芸能人とか特別な人だけの話じゃない。

普通に悩んで、
普通に苦しんでいた人でも、
自分の好きなように生きていいらしい。


それを知ったとき、
ものすごくびっくりしました。

でも同時に、

やってみてもいいかも?と考えるだけで、
めちゃくちゃ怖かったんです。

だって、
今まで信じてきた生き方を
手放すことになるから。

本当にやりたいことが目の前に来たときって、
うれしいより先に
怖いことがあるんですよね。

失敗したらどうしよう。
反対されたらどうしよう。
生活は大丈夫なのか。

そんなことをたくさん考えました。

会社を辞めるときは、
僕の人生の中でも
かなり大きなバンジージャンプでした。

でも今なら思うんです。

あのとき怖かったのは、
間違っている道だったからじゃなかった。
本当は望んでいた生き方に、
近づいていたから怖かったんだと思います。

それから少しずつ、
僕の人生は変わっていきました。

気がつけば、
前の僕が想像もしなかったような働き方をして、
気がつけば、
自分の経験が誰かの役に立つようになっていました。

もちろん、
今でも怖さがゼロになったわけじゃありません。

でも昔と決定的に違うのは、
「自分の人生を生きている感覚」があることです。

好きなように生きるって、
好き勝手に生きることじゃないんですよね。

他人から称賛されるためでもない。

ジャイアンになるためでもないし(笑)
責任を捨てることでもない。

自分の本音を、
置き去りにしないで生きることなんだと思います。

しんどいのに、
平気なふりをしない。

嫌なのに、
大丈夫なふりをしない。

本当は望んでいるのに、
どうせ無理だと決めつけない。

 

失敗してもうまく行かなくても

自分を決して見下さない。

そういうことの積み重ねをやっていくことが、
自由に生きることにつながっていくのです。


もし今、
「好きなように生きたい」
と思っているのに、
同時に

「でも怖い」
と思っている人がいたら、
僕はこう伝えたいです。

「怖くていいんだよ」

怖いことはダメなんかじゃない。
むしろ、
自分にとって大事な方向に
心が動いている証拠だったりします。


人生は、
自分の好きなように生きていい。

昔の僕は、
それを本当に知りませんでした。

でも今は、

自分の人生それも1回きりの人生なんだから、

好きなように生きるチャレンジをしてみてもいいんじゃない?
と思っています。


特別な人じゃなくても、
不器用でも、
遠回りしても、

自分の人生を生きることは、
誰にだって許されているんです。

今日のひらっちのココロの処方箋は、、、

「怖いのは、間違っているからじゃない。
本当は本心が望んでいるものに近づいているから。

怖くても諦めずに1歩を踏み出してあげよう。」

怖いときって、
つい
「こっちはやめといたほうがいいのかな」
と思いやすいですよね。

でも実は、
心が本当に動くものほど、
ちょっと怖かったりするものです。

例えば……
好きな車を買うとき。
大好きだけど我慢していた洋服を買うとき。
ずっと行きたかったところに
旅行に行くとき。

ウキウキだけじゃなくて、
お金のことや、
周りからどう言われるかとか、
ちょっと心配もついてきますよね。

それと同じです。

だから、
今すぐ答えを出せなくても大丈夫。
焦らなくていいし、
完璧にできなくても大丈夫です。
 

最初から完璧になんて、
できるはずないですしね^^;

まずは、
自分の「ほんとはこうしたい」を
やさしく見守ってあげながら、

少しずつ、
ほんの少しずつやってみる。

そんなふうに進んでいけたら
いいんじゃないかなと思います。


みなさんが
自分の好きなように生きて、
幸せな毎日を送れますように^^


公認心理師
平川 裕勝(ひらっち)
でした。

 

 

↓サラリーマンの僕が、自由に生きられるようになった結果です(笑)
遊んでばっかり・・・・のような・・・(汗

 

うつで入退院を繰り返しながら、
僕はずっとこう思っていました。


「新聞のお悔やみ欄に
載るくらいじゃないと、
人生に意味がない」と。(笑)


…今思えば、相当ヤバいですよね。


でもその僕が今、
1000倍安心して生きています。


何が変わったのか。
どうして変わったのか。
今日はそれをお伝えしますね。

 

 

「このままの自分じゃダメだ」


昔の僕は、この言葉を
10年以上、自分に言い続けていました。


うつで苦しみながら、
入退院を繰り返しながら、
それでも家族のために
会社に通っていました。


毎日、無価値感に
押しつぶされないよう、
必死にもがきながら……。

 

 

当時の僕は、
本気でこう信じていました。


「人より良い生活をしているのが
 成功の証だ」
「成功しないと、
 人生に意味はない」


親や世間に認められて、
やっと価値があると思っていた。


なんなら死んだときは、
新聞の「お悔やみ」欄に
載らなきゃ意味がない、
くらいに思ってました。(笑)

 

 

 

今振り返ると、
あの頃の僕の背中には、
ずっと恐怖が張り付いていた。


立ち止まったら置いていかれる。
成果が出なければ価値がない。
上司に褒められなければ意味がない。


だから、走り続けるしかなかった。
安心なんて、ほとんどなかった。


(今思えば恐ろしいことなんですが、
会社のアラートメールが飛んでくる
携帯を24時間持っていて……
夜は枕元に置いて寝てたんです。
いや、寝れないですよね、それ。😅)


そして、よくあるストーリー通りに、
うつになりました。(笑)

 

 

今ならわかります。
心と体が、止めてくれたんです。


「もう十分だよ」って。


あの頃のまま頑張り続けたら、
もしかしたら
"成功"していたのかもしれない。


でも、それでもきっと、
本当の幸せは永遠に手に入れられなかった。
心からそう思います。

 

 

今の僕はどうかというと——
当時の1000倍、安心しています。


派手じゃない。
キラキラもしていない。


でも、
あたたかいご飯を食べる。
ホッとしながら眠る。
くだらないことで笑う。
自然体で誰かと仲良くなる。


それだけで、満ちている。
あの頃の僕には、
想像もできなかった毎日です^ ^

 

 

今、公認心理師・心理カウンセラーとして
多くの方と向き合っています。


「今の自分じゃダメだ」
そう思っている人ほど、
実はもう限界まで
頑張ってしまっています。


実はこれ、心理学的にも
説明できるんです。


年収が上がっても、
家を買っても、
評価されても、
人はすぐに「次」を探してしまう。


これを
ヘドニック・トレッドミル
(幸福の慣れ)と呼びます。


ゴールに着いたと思ったら、
またゴールが遠ざかる。
そんな現象です。


だから「成功したら幸せになる」
と思いながら、
ずっと満たされないまま
走り続けてしまうんですよね。


足りないのは、努力じゃない。
足りないのは、
自分にOKを出すこと。
ただ、それだけです。

 

 

覚えておいて欲しいのは、

成功してから安心するのではなく、
安心してから、人生は動き出す。

ということです。

 

まず、土台に戻りましょう。
今日、生きている。
今日、呼吸している。
今日を終えようとしている。
それだけで、本当にすごい。

 

 

勘違いしてほしくないのは、

あなたは、
何かを達成しなければ
価値が出る存在じゃない。
すでに、
今ここにいるだけで、価値がある。


僕は少し?かなり?遠回りしたけれど、
やっとそこにたどり着きました。


だから、堂々と伝えたい。
今のままでいい。
変わらなくていい。
完成しなくていい。
足りなくていい。

 

 

今日のひらっちのココロの処方箋——
「今の自分のままで、生きてみる。」
 

最初は、怖がりながらでもいい。
不安になってもいい。
無価値感に溺れそうでもいい。


それでも、
役に立とうとしたり、
何か足りないものを
埋めようとしないこと。


それができるようになると、
人生は静かに、
でも確かに変わり始めますよ。

 

あなたが生き直しを始める日を、 楽しみにしています。


平川 裕勝

 

人生を楽にしていく人に、

共通していることがあります。

 

それは、

「自分の内側をきちんと外に出している」

ということです。

 

 

僕のカウンセリングに来てくれる人は、

とても頑張り屋さんで、気づかいができて、優しい人たちです。


でも同時に、

迷惑をかけてはいけない。
嫌われてはいけない。
ちゃんとしていなければ。

 

そんな思いを強く抱え、

自分の本音を奥にしまい込んできた人でもあります。

 

そうしているうちに、

自分は何が好きなのか
何が嫌なのか
何を望んでいるのか
何が苦手なのか

それが、だんだんわからなくなっていきます。

 

思い返すと、

僕もうつの真っ只中の時は、

何が正しいのかわからない。

という自分を失くした状態で

ひとうひとつの言動に対して

ビクビクして、自信を完全に喪失していました。

(毎日がハードモードの時期でした汗

 

 

これは性格の問題というより、

長い間「感じない」「出さない」

を続けてきた結果として起きるものです。


心理学では、

感情や欲求を言葉にしづらくなる状態を、

アレキシサイミア的傾向と呼ぶこともあります。

 

 

 

自分の「好き」を言葉にすることは、

自分を知ることでもあります。

 

これが好き
これをしていると落ち着く
こういう時間があると助かる

そうやって外に出していくと、

周りの人もあなたに関わりやすくなります。

 

ちなみに自己開示というと、

何でも話すことで

僕的には、

「自分がわかり、周りの人に信用され、

 後押ししてもらえる人になって

 楽に賢く生きてくための方法のひとつ」

だと思っています。

 

 

人は、

相手が何を大切にしているのかが見えると、

自然と応援しやすくなります。

 

そして同じくらい大切なのが、

嫌いなこと
苦手なこと
やりたくないこと

これを、無理のない形で伝えることです。

 

多くの人は、
「こんなことを言ったら、わがままだと思われるんじゃないか」
「嫌われるんじゃないか」
と感じています。

 

でも実際には、
できないこと
しんどいこと
苦手なこと

それを伝えてもらった方が、

周りの人は関わりやすい。

 

あなたが何も言われなければ、

周りは「大丈夫なんだ」と受け取ります。


その結果、

助けも応援も届かなくなる。

 

 

これは、

周りの人のあなたへの愛情を

あなたがうまく使えていない状態とも言えます。

 

 

応援されにくい人は、

魅力がないわけでも、

価値がないわけでもありません。

 

ただ、

あなたがどういう人なのか。

が外に見えていないだけ、

ということがとても多いのです。

 

 

応援されやすい人は、

特別な人ではなくて、

 

自分の状態や

自分の好き嫌い、
自分の感覚を
少しずつ言葉にしているだけ。

 

それは、

対人関係における境界線(バウンダリー)を、

穏やかに示している状態でもあります。

 

だから周りも、
ここを支えればよさそうだな
こう関わると喜んでもらえそうだな

と、自然にわかる。

 

 

とはいえ、

自分を晒け出すのが怖い
本音を言うのが不安
拒否されたらどうしよう

そう感じるのは、とても自然なことです。

 

特にこれまで、

人に合わせて生きてきた人ほど、

自己開示には強いブレーキがかかります。

 

だから、
いきなり大きく変わる必要はありません。

 

まずは、

小さな「好き」
小さな「苦手」
小さな「これは無理」

それを、自分が安心できる相手に、少しだけ伝えてみる。

 

それで十分です。

自分を守りながら、少しずつ外に出していく。


それが、心が回復していくときの、

とても大切なプロセスです。

 

もし、

自分の気持ちがよくわからない
何を伝えていいのかわからない
一人で整理するのがしんどい

そんな感覚があるなら、

カウンセリングという場を使ってみるのも

一つの方法です。

 

無理に話す必要はありません。
カウンセラーが、

あなたの言葉にならない感覚を、

ゆっくり整えて、

自分の気持ちを言えるところまで導いてくれます。

 

 

自分を晒け出すことは、

弱さではありません。

むしろ強い人しか、

本当の自分を晒け出すことはできません。

 


「自分の本音、本心を少しづつ言ってみる。」

 

それが

あなたがあなたに戻っていく

あなたが周りに応援されて楽に生きていく

 

そのための大切な一歩です。