今日は父の日。
思い出すのは子供の頃父がこのヤナの上で
布団を持って寝ずの番をしていた時
私は何とも気になりそれを母に無理を言って
父の様子を見に行ったこと。
一諸に父とそこに寝たかったのですがダメと
言われ家に帰って来ました。
今にしてみれば何故?そんなことをしたのか
覚えておりませんが。
正直なところ父が仕事をしている?ところ
その時くらいしか見た覚えがないくらいです。
とにかく動物好きな父。
私が飼っていたアライグマともよく遊んでいました。
これは40年前ほどの事です。
”太郎”と言うアライグマ。
テレビの漫画で見て簡単に飼ったのは良いですが
想像以上に賢く・器用で大変でした!
今もアライグマの民家への出没で結構な
騒ぎになっておりますね。
5年以上前ですが川崎自宅の庭を歩いているのを
一度だけ見たことが有ります。
その動物好きが高じて馬主になでなる始末。
JRAに何頭も出しておりました。
今にして思えば子供の頃から家族旅行は
競馬場がある所ばかり。
その名前の一つが”ひのきやむすめ”でした。
勝手に私の名前使うな!と言いたかった。
父が造った結婚式場の20周年を記念して
私は”花火大会”を企画しました。
関東の嵐山をバックに上がった花火は
凄い迫力でした。
そんな父は6月18日の朝家で・突然死。
前日の夕方まで事務所で私と話をしていた父。
私当時30歳・父58歳。
ここでも私が”会社葬”を企画。
結婚式場のロビーにヤナの飾りを造って
見送りました。
想えばあれから30年以上が過ぎました。
父は弟達に”パールバックの大地”を読め!と
なぜか?いつも言っていました。
自分の人生と合わせていたのかと想いました。
私は父が残した色々なものの片付けに
20年を費やしました。
父の旅立後は丁度、”バブル”がはじけた頃でした。
土地神話もはじけました。
私は父が所有していた土地・山林を次々と処分。
本当に自由奔放に生きて勝手に
旅立ってしまった父です。
それでもそんな父が私は大好きでした。
父の口癖はオヤジの歳を超えられるかな?でした。
祖父は54歳で旅立っております。
私も同じことえ考ておりましたが結果は
還暦を過ぎました。
弟達にはいつも次はお前だと言われておりましたが
最近ではお前は長生きするな!です。
我が家はみな勝手な家族です。
それを親族に言いますとあなたが一番でしょ・・・
と言われますが❓
まあ、感性の違いということで。










