家族lineにも連絡のない長女。

何か送っても、何か聞いても、反応もない。

 

 

経済的に自立して親を頼らない、

そのうえでさらに、自分の進む道を行く根性がある。

 

 

ただ(ただ、はそもそも余計だ)、心配なのは(これも大きなお世話)、

全く料理をしないこと。

 

職場にいる間は給食が出て、あとはコンビニかスーパーのお惣菜で済ましているようだ。

 

大学進学時に購入した冷蔵庫も簡単なオーブンも手放し、

賞味期限が激しく切れた調味料も(母親が選んだ)鍋やフライパンも送り返し、

 

つくづく母親がすることは裏目に出、

 

食べなくても生きていけるなら料理も必要ないけれど、

 

何かを食べなければ命を維持できないとなれば、

 

ご飯を炊いてみそ汁を作って、、、NоNо、みそをお湯で溶くだけだっていい、

何か作れるものがあったら、それがよりどころになる。

 

基本が「つぶつぶ」だったら、ご飯とみそ汁(と漬物)だから超簡単なのに。

 

いやいや、それも押し付けなのだ。

 

「〇〇だったら、△△なのに」・・・って

 

△△なのかどうかは分からないことだ。

 

 

自分の命を維持する、運営する、料理をする気さえ起きないように育ててしまったダメ母親、

 

(私は、誰に、なんと思われたいの?)

 

 

 

保護のもとにいた当時は、「母親が言うことが正しい」と思っていた長女も、一人暮らしを始めて自分の城を作った。

 

自立だった。

 

彼女は自立をしたいと願ったのだ。

 

喜ばしいことだ。

 

「お手伝いしたい」と言った小さな手を、拒否したのは母親である私だった。

 

「料理をしようとすると気持ちが悪くなる」と言ったことがあった。

 

 

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一人暮らし8年目、

たくさんの料理を投稿した長女のFBへの投稿を見た。

 

 

職場の方からいただいたと、フキの煮物、

いただいた筍を使った料理、

卵とじをするときの三つ葉の火の入れ加減、

どんな器に盛り付けたら、料理が映えるのか、

「素」を買ってきて作るよりも、調味料を入れて作ったほうがおいしいことを

「不思議」と感じたこと、

おばあちゃんに昔もらった梅干を入れたらおいしくなったこと、

コンビニもスーパーも飽きたこと、

「暮らしを大事にする系」のお総菜屋さんが近所にないこと、

自炊はお金がかかること、

総菜を買ってきたほうが効率的だけど、

・・・

自炊をしての発見が綴られていた。

 

 

嬉しかった。

そもそも大丈夫だったんだけど

 

もう大丈夫だ、って

 

親として不十分だったことや、できなかったことを時々思い出すのはもうしなくていい。

 

自立したんだもの。

 

 

 

「腑に落ちる」

 

長女が暮らしの中で、実体験で得た、

「今」がそこにあった。

 

コンビニやスーパーの総菜を食べつくしてよかった。

やりつくしてよかった。

 

 

 

「正しいか間違ってるか」

 

 

自分の城に母親のジャッジを持ち込むな。

 

微塵も持ち込ませないために、

 

自分の物差しで生きる、

 

答えは自分の中にある。

 

長女が選んだ、仕事、暮らし、

 

 

何を感じ何を選ぶか、

自由だ。

 

本当にしたいことをする。

 

自分で考えて

選んで生きる。

 

 

あっぱれだ。