山本あゆみです。




世界中がコロナウィルス感染拡大で
緊急事態になったとき


私も緊急事態になってました。


今年の初めに「愛されたい」という私の心の奥底からの願いを知った時から、その課題は日に日に大きくなり、臨界点を超えて、



長年ずーっと持ってたけれど、見て見ぬ振りをしてきたパートナーシップの課題に向き合う時がやってきたのでした。


パートナーシップの問題に絡めて私には頑固なほどの思い込みがありました。
「私にはできない」
「私には選べない」
というもの。


だから、1人で自立して生きることを恐れてきたのだと思います。その課題に向き合わないで済むように、いろんなことに夢中になって、先延ばしにしてきたのだと思います。



思い返せば2017年の7月にお世話になっているヨーガの先生のCDのレコ発ライブのリハで、音を合わせ歌っていた時、頭頂部がパコーンと開いて
「ひなたぱんで自立」という言葉がスコーンと入ってきた、あの時からこのシナリオは決まっていたのかもしれません。


「ひなたぱんで自立」
それまで考えたこともなかったトピックでしたが、何故だか、腹落ちし、その日からその目標に向かって一心不乱に走ってきて今に至ります。



ひなたぱんはそれまで夫の扶養範囲内でできればいいや…という考えのもとやっていて、「仕事」といいつつ「趣味」ですよね。覚悟とかビジョンも甘く、ただただ一生懸命にやってました。


「ひなたぱん自立」が入ってきてからは、ビジネスについて学び、実践し、やったことないこと、苦手なことばかりの中、どんどん世界を塗り替え作っていきました。


「ひなたぱん」で自立できるように導いてくれる良き出会いにも恵まれ、それはもう「イノシシ」のように突き進んでいきました。
その過程で心や在り方、ひなたぱんを磨き、育んできたんだなぁと思います。


今は本当にすてきな生徒様に恵まれて、まだまだ勉強はつづきますが、お仕事として成り立つようになりました。


「ひなたぱんで自立」これが達成と思える指標を何個かを自分の内に持っていたのですが、それの一つをクリアできたことに気づいたのも今年の1月です。


そう、「愛されたい」に気づいたあたり。



そこからは前述した通り、パートナーシップについての課題が無視できないほど存在感を増し、そこに取り組んで行った今年の1〜4月だったのです。



色んなことがそこからは同時におこっていき、結論としては離婚することになりました。



離婚の理由とかはここで書くつもりはありません。聞いても面白くないと思うしね。



だけれど、18年分の精算はなかなかヘビィで、
心折れそうになりながらも(実際何度も折れた…けどね)なんとか、生きて、今この記事を書いているのは、そんな状態でも助けてくれる、愛を向けてくれる人達がいたからです。その方達へのありがとうの気持ちは一生忘れないと思う。



サポートはあれど実際にやるのは自分なので、
倒れるたびに助けてもらいながら、それでも、やりきったよ。



そんなカオスな状況下でも私のパッションは湧き上がり続けたし、ときめきメーターは日増しに精度が磨かれ、作りたい世界が明確に見えていました。


2時間おきに涙が滝みたいに流れるほど、心は深く傷ついていたけれど、
菌達はこんな時でも「あゆみ、こんなんつくろうよ!」とすてきな映像をおでこの内側におくりこんでくるのです。その絵があまりにステキで
湧き上がるパッションとトキメキを無視できず、私を生きる方向に導いてくれました。


菌達がいたから、「ひなたぱん」があったから
私、この期間を生き延びられたなぁと感じています。



だからね、世間がコロナでこれまでの仕事のやり方を変えて、オンライン化しなきゃ!となっている頃、


私はある意味違う理由に突き動かされ
動画を撮影し(みちこちゃんにも本当に助けられて、ありがとう!!!)、1日のほとんどの時間を
編集に費やしてきました。


お陰で本当に美しくてステキな動画がたくさん作れましたし、何より楽しくて仕方なかった^^



この大変な時にも
こんなに深く傷ついている時でさえ
「楽しい」私が確かにいたんですよね^^
本当に人間ってタフ!!!


子供達やひなたぱん
ひなたぱんに縁する生徒様達
インストラクターのみんな
これからインストラクターになろうというみんな、
ひなたぱんを通じて心触れ合わせてきた皆々様
の存在が私に力を与えてくれたなぁと思います。



パートナーシップの課題に取り組みながら
「私は選択できる」についても体験を深めていきました。


「私は選択できない」
「私には無理」
そんな言葉をこれまでどれだけ私自身に投げかけてきたのだろう…そのことを思うと深い懺悔で泣き崩れそうになります。


私が私を信じないで
私が私を否定して
どうして「愛されたい」が叶うでしょうか。



なのでね。
これに気づけたから、
もうわたしは私に出来ないとか、信じないとか、言わないことにしました。
自分だけはどんな自分に出会っても味方で居続けるときめたのです。



言わないことにするって決めただけではダメで、それを証明して行動に移してあげなければいけません。
この4〜5月は孤独を心底感じながら1人歩いてきました。


「私にはできる」
「私は選択できる」
これ呪文みたいに繰り返しながら。



私の心象風景を言葉にしてみると
断崖絶壁の切り立った山を素手で登ってる感じです。
しかも霧が濃ゆくて、この道が(道はなくて、崖なんだけど)、みたい世界に繋がってるのか、全くわからない!という。
誰かに聴きたくても、周りに誰もいないという。


だから呪文みたいに唱えながら
自分のトキメキを感じる方へ、登っていきました。



そして、
3日前かな?突然霧からスポンって出たんですね。崖山の頂に立っていました。


足元に雲海。視界はクリアー。どこまでもどこまでも広くて美しい空間がパーーーーーーーーーーーーーーって広がってて、美しい。



横を見ると別の山があって、その頂にも人が立っていて「おーい」と手を振り合いました。



「自立」にむかって覚悟きめて登ってきた人。
自分を諦めなかった人。
自分の心の声を聞き続けた人。


そんな人達が
山の頂に立ってる…!!!
あそこにも、あそこにもー!!!
(霧で見えなかったけれど、周りにたくさんの山があったのでした)



やっていることや取り組んできた課題
お仕事も何もかも違うけれど
その深いところで共鳴できるものが確かにあり、
それが私の胸を超高周波で振るわせました。


涙が止めどなく溢れてきて、溺れるかと思ったほど^^



私ね
こんな世界が見たかったし、体験したかったんだとその頂に立ってみてやっと分かりました。



離婚もパートナーシップも、精神的な自立、経済的自立も、全部自分を信じるため、大丈夫なんだとわかるためにやってみたのねと。



ここまでやらないと納得できなかったのかぁ…と呆れつつも、こんな極限まで付き合ってくれる私自身に心から安堵したのです。


この安堵感、多分体験してみないと伝わらないのだけれど、



あぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!




あんしんーーーーーーーーーーーーーーー!!!




て感じ^^



何がなくてもあっても
何をしてもしなくても
全部『自作自演のパラダイス』
(この表現は坂爪圭吾さんのノートより)

なんだわーーーーー!て^^



だからね、
なかなかハードでヘビィでしたけど
もう一回やる?って聞かれたらお断りだけど
「大丈夫」なの。



全部自分なんだもん。



ということに今寛いでいます。



最後にお礼をどうしても書いておきたくて。
ここに至るまでに何人かの美しくてカッコいい女性に助けられました。
真っ暗闇の中、歩く私にとってその存在は灯台の灯りでした。


壇珠さん(そして女塾のみなさま!)
いくとうひさよさん、
本郷ゆりさん、
それから忘れてはなりません
愛してやまない子供達


ありがとう。
ありがとう。

長男が描いてくれたひなたぱん




というわけで、ひなたぱんはほんとに生まれ変わりました✨✨✨✨✨



これまで以上に菌達を真ん中に
美味しいもので楽しい笑顔を広げていきます。


そして
「私にはできない」
「私には選べない」
そう思っている誰かのお手伝いを
私もいつかできるようになりたいな。


私のこの痛みの経験が
暗闇を歩いている人の灯台になれればいいな。


そんな風におもいます。




どうぞどうぞこれからのひなたぱんも
よろしくお願いします^^




長ーい文読んでくれたあなたにも
心からありがとう^^