最近 憑依と精神疾患についての
区別について
書かれいる本を読んだりしている
日本語版がでたらよいけど
なかなか、日本では理解されにくい
現状がある。
海外の医師の中には
解離性の病気には、憑依か含まれると
書かれているのだけれど。
日本はなかなか今は理解されず
特別な人が感じたりするものと
思いがち。
いつか霊魂も、私たちの一部と
理解してくれないか?と希望をもっていると
私は思っている。
突き動かされるくらいの想いを
霊たちも伝えてくるのだけど。
気づいてあげられないと
霊魂はどこに伝えたり出来るのだろう。
結局は、想いをつたえたいだけなんだけれど。
これは、我が家にまつわる話です。
主人の祖父は産婦人科医だったのだけど
早くに結核で亡くなった。
まだ、医大生だった時
美しい見習い芸妓さんに公園で出会い
互いに恋に落ちて、彼女を見受けしたいと奔走した。
しかし、その後、かなりな有名な
芸妓になっていた彼女は、
とてもじゃないほどの額を積まなければ
見受けはできず、当時の大金持ちに見受けされ
恋は終わった。。。
その彼女は、色々あった挙句
最後はとある寺の庵主さんになり
長生きをされた。
数冊のエッセイなどを書かれていた。
主人などは、その祖父の悲恋には
理由があり離れたけど、
愛があったと信じているという。
なぜなら
家には沢山の彼女や思い出の品や写真があり
どれほどの思いがあったのかを
感じられると語った。
その話を聞いた時
私には彼女が誰かはわかった。
エッセイには、医大生と恋に落ちた話は
書いてあるが
他にもすごく好きだった人の話が書いてあり
2人がいつまでもこころの中で
思い合っていたなど 半信半疑だった。
ある日主人の家のお墓にお参りにいくと
主人が言う。
自分が子供の頃、お墓参りにいくと
命日やお彼岸、お盆には
自分らより先に花が供えてあったという。
それを祖母は「花街の人やろ」と
話していたらしい。
その庵主さんになった方の
エッセイには
毎月の命日、彼岸やお盆には
花屋さんに頼んで花を供えてもらっている。
と、書いてあった。
私と主人は再々婚なので
事情を知ったのはわりに最近でした。
主人の父が亡くなり
先祖代々のお墓に戒名が刻まれるとき
しみじみお墓を眺めていた。
母の戒名をなにげに見た時、
私はあっ!と声が出た。
なに?と聞く主人に
指しかさせなかった。
母の戒名は
その庵主さんの法名と
同じだったのだ。。。
偶然?いやまさか。
わたしは理解した。
亡くなってもお墓に刻まれたかったんだね。
彼女さんは。
ほんとは一緒に、なりたかったんだね。
彼女の想いが伝わった。
霊魂は時折こんなことを
偶然を装って形をみせる。
魂とはすごいものだといまさらながら
感じる出来事でした。
マリア
