鹿の国を観た。
黒川さんの講座でご一緒した
三好さんが出演されていてびっくり
茅野で自然農やってるようでした。
元より、居合をやったり精神修養の方なので
感激して観ていました。
さて、鹿の国を観て
わかったことがあった。
鹿を食すし
諏訪大社の祭り事に必ず
鹿肉が供えられる。
画面では
鹿を殺す場面もありキツかった。
生贄システムが日本には
古来からある。
諏訪大社の御頭祭などは
その名残だと言われていたりする。
諏訪だけは神事に鹿肉を供えるから
鹿食免(かじきめん)というお札があり
この札を持っているものは
神様がお祭りのために殺しても
罪にはならないと取り決めしたお札。
諏訪大社にしかそのお許しはない。
生贄か!と人は眉を顰める。
そんな話がまかり通っていたが
私は違う面を感じている。
鹿は神だから
食べて奉つる
死んだら神になるのだから
生贄じゃないのだ。
私は映画を観ながら
すぐに、イオマンテを思った。
アイヌの人々は
くまを子熊のうちから育てて
ある日食べる。
なぜなら、かれらは人に食され
神になるから
食べられた熊は熊送りの
イオマンテの奉りの中で
神になり、我々の体内で
一体化すると尊ばれる。
それと同じだ❗️と感じた。
アイヌ民族は縄文人の末裔。
諏訪は縄文期には
最大の人口密度を保つ地域だった。
アイヌ民族と同じ
縄文時代の考え方の名残が
遺伝子に組み込まれているに違いないと
思えた。
諏訪のお寺にある
御柱祭の御柱は
四本ある その意味は
このごうじんのうじょうにて
説明されている。
🔴鹿無くして祭祀はしない
というのが、諏訪の祭り方らしい。
🔴前世の宿業が尽きた、いきものは
🔴放っても生きられない
🔴人に食べられ人間の中に入ってこそ
🔴人と同化して、人が亡くなる時
一緒に成仏することができる
と、考えられています。
イオマンテ(熊送り)の祭りと一緒…
冬の諏訪は食べるものがない
米は弥生時代からだから
縄文期の諏訪にはお米がありませんでした。
食べるもの
捧げ物は鹿肉やうさぎなどの肉しかない。
そうやって捧げて来たのだなと思う。
だから、生贄という精神じゃなく
あるものはこれしかありません。
鹿を撃ちて捧げます。
そこだったのでは?と感じました。
食べて、神として祀る
素晴らしい精神。
御柱を四本建てる意味がわかりました。
鹿に感謝もあったことが
すごく嬉しい。
手を合わせて
食物に感謝したいですね。
昨年元旦は前宮と本宮にいのった
帰ってすぐに
能登地震だった。。。
なにかが変わるそんな時間の流れをかんじました。
マリア

