私の父は40歳で亡くなったのですが

母は90過ぎても元気でいます。

認知は進んではいますが。。。


親のことをつらつら考えていると

母は幸せだったのかしら

楽しかったのかしら?

そんな事を思います。


少しでも喜んでもらいたくて色々して来ました。

喜んだ顔は嬉しかったです。

年寄りは

どんどん、現世から忘れていって

過去に戻ります。

楽しかった子供時分に戻るものだし

記憶がなくなって

憂うことがなくなって亡くなるのは

神様の思し召しだという方もいます。

それも大事なのでしょうね。


瑞霊に倣いてさんの記事から


・老人の死 (シュタイナー人智学)

 

 “「死去した老人は、悲しくないのだ」といわれる。

 どうしてかというと、「死去した老人は、その心魂のなかに、わたしたちのことをたずさえて、天に向かうからだ」というのである。死去した老人の心魂のなかには、わたしたちが生きているというのだ。

 老人は、死によってわたしたちから切り離されるのではない。心魂のなかにわたしたちをたずさえて、天に向かうのである。老人の死を悲しむのは、残されたわたしたちだ。死者自身は、悲しみよりも霊的な喜びに浸っているかもしれない。

 その老人の姿は、わたしたちの肉眼からは消える。わたしたちは、その老人と離れ離れになったと思い込んで、悲しむ。しかし、死者の心魂のなかにはわたしたちが生きており、死者はわたしたちと離れたとは感じていないのだという。

 ――死者は悲しんでいないのに、わたしたちは悲しんでいる。わたしたちが悲しいのであって、死者はわたしたちのように悲しんではいないのだ。

 だから、この悲しみはわたしたちの悲しみで有り、ルドルフ・シュタイナーはこの悲しみを「利己主義的な悲しみ」といっている。”


父や母は

亡くなるときは私たちは悲しい。

でも、母や父は

心魂の中に私たちを

たずさえて亡くなるのだから

幸せだという事があるのだと。。


グリーフを学びながら

ミーディアム(霊媒)もやり

また、グリーフのセッションをする私としては

死は悲しいけど

死者は哀しくない

逆にあの世にいきたいのに

想いに阻まれていけないほうが悲しい

そんなことを体験してきた。

だから、悲しいけど

胸に愛を持って共に生きていると

理解して生きていきたいと願います。


亡くなるのは悲しいです。

でも、わたしは母が亡くなるときは

母に語りかけながら

手を握り、愛を伝えながらいたいと思っています。

きっと伝わりますから。


悲しみをうまく捕まえて

気持ちを受け止めながら生きていきたいと

願います。




さてさて


揺れてますね!

頭痛かったのですが



千島列島

Ⓜ️6.7 大きいです❗️



先程娘と頭が痛いと

二人で連発していました。


まだ

北と南

シーソー揺れあります。   


まだまだご注意を!







マリア