早すぎる職業選択の落とし穴 | 看護×教育+少し哲学=

看護×教育+少し哲学=

看護界の様々な現象を、教育学的視点から眺めて考えることをモットーとしています。はっきり言って、看護の世界を傍流で生きてます。主流でないことによる苦労もたくさんありますが、傍流の生き様を貫くつもりです。

看護師になるには、高校卒業後、専門学校か大学(短大含む)へ進学する必要がある。


つまり、高校生で自己の職業決定をしていなくてはならないのだ。





しかし、ティーンエイジャーである時期に、職業決定するのは早すぎはしないだろうか。





おそらく、その他の多くの高校生は、自分の好きなことや得意なことから進むべき進路を検討するが、その時点で将来の職業を決定している人は少ないだろう。


その後数年(大学進学の場合は4年)の間に、多くの人と出会い、挫折をも含む多様な経験を通して、自己の職業像が徐々に見えてくるのが一般的ではないだろうか。





看護師の場合、このようなプロセスを踏まずに早期に職業選択したツケは後でやってくる。


それは、《本当にやりたいことが後になって見えてくる》のだ。





 「私がやりたいのは、これじゃなかった。」


「別の人生もあったのに…」


「本当は○○になりたかった。」





私の現在の職場にも、このように考えている人はなんと多いことか。





気づいたときに、やり直せる人はまだ救われる。


看護師はハードな勤務を課せられる分、同世代の他職種より給料が高い。


この経済的豊かさへの執着が、別の道へ向かうことへのブレーキとなり、


自尊心や仕事へのモチベーションをますます減退させるという負のエネルギーを産出する。





いきいきと働けない看護師のケアを受ける患者は、果たして癒されるのだろうか。





では、どうすればいいのか。










ひとつは、専門学校や大学などの看護師養成機関を卒業しても、看護師にならないという選択肢を一般化すること。


教育学部を卒業する大学生が教師になるとは限らないし、法学部出身者が法曹関係以外の分野で働くことに違和感を覚える人はいないだろう。


なぜ、看護系だけが、看護職として働くことを前提としているのか。


もちろん、看護師不足という社会からの要請があるのも事実。


しかし個人の生きがいややりがいを無視した職業選択は、本人だけではなくケアの受け手も不幸である。


看護学の知識をもった看護師ではない社会人が世の中の至る所にごろごろいてもいいと思うのである。







もうひとつは、自分のやりたいことを看護の中に取り込んで応用すること。


これが、私の提唱する







「好き」なことで社会貢献するナースになる!!


                ということにつながる。








看護学がひとつの学問分野であるなら、


職業と直結しないことも受け入れよう!