明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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昨年夏、
長女Aを英国の大学へ送った後、
単身ベルギーへ寄ってきました。
というのも、
コロナ禍以降、いつも使っていた
ベルギー製のタペストリー糸が
うまく手に入らなくなり、
糸工場がどうなってしまったのか、
様子を見がてら、
現地で糸を買えないか、
と思ったからです。
と言っても普通
ベルギーと聞いて思い浮かぶのは、
タペストリーや羊毛糸より、
ビール、チョコレート、小便小僧でしょうか?
でもかつてフランドル(現ベルギー)の
タペストリー、綴織といえば、
細かくて繊細、優美な工芸品として
大変有名だったのですよ。
(トゥルネーよりブリュッセル工房の方が
繊細、優美な作品が多いように思いますが…
でももうブリュッセル工房は存在しないし…
トゥルネーに頑張ってもらいたいです)
トゥルネー駅から歩いて糸屋さんへ向かう途中にパシャリ。その後駅に戻って空を撮った写真についた場所の名前がトゥルネーからドールニクに、Tournai→ワロン語(フランス語)からDoornik→フラマン語(オランダ語)の表記に変わっていました。ベルギーではどちらも公用語です。
私は20代の頃、
ブリュッセル市内にあった
小さなタペストリー工房や
ゲント市にあった織物学校やら
色々な所へ出入りした後、
ブリュッセル王立美術アカデミーの
タペストリー・壁画課に入学し、
そこで4年間学びました。
その頃、タペストリー用の
道具はゲントから、
糸はトゥルネーから、
と決めていました。
どちらも質がとてもいいんです![]()
(現在はオーストラリアからも仕入れています)
ちなみに、王立アカデミーは、
もうなくなってしまった
ブリュッセル工房から
水平機を何台も引き取ったので、
私もまた、何世紀にもわたって
名作を織ってきた、その年代物の
水平機を使って制作をしていました。
糸屋さんの入口。
ブリュッセルから列車で1時間半、
フランス国境近くのトゥルネー市に到着。
列車の駅から歩いて工場に向かいます。
見覚えのある道を歩いて10分、ありました!
(なくなっていなくてよかった〜
)
中に入ると、相変わらずのひっそり感。
ずっと担当してくれていたキャシーさんが
退職したとのことで、
私が彼女宛に送っていたメールは
届いていなかったようです![]()
さて、工房の方へ行ってみましょう。
まずは、注文制作を受けている工房から。
下の3枚の写真、
一番上の写真が注文を受けた下絵で、
その下2枚は下絵にそって
織り進めているところです。
細かくて綺麗ですねー![]()
これ以外にもフランス人画家からの注文や、
ベルギー人作家からの注文も入っていて、
なんだか以前より賑やかな感じで
安心しました![]()
次は修復工房。
普段なら織の裏も表も、
こんな近くは見られないのですが、
それができるのが修復のアトリエです。
今回は幸運にも、むかしむかーし、
トゥルネーで制作された作品を
修復していました。
この写真
では、
大きな作品が天井から吊るされて、
こちら側に女性が座って修復していますが、
実はこの後ろ側にも女性がいます。
写真では椅子だけが見えますが。
こちら側から刺した針を
後ろから差し戻す手伝いをしていました。
この写真、手前で修復している女性は
とっても若くて、まだ学校を出てばかり。
希望の星
だそうですよ。
で彼女が修復しているのは、
続く写真でわかりますが、
トンデモ修復を以前にされている作品。
なかなか難しそうですね![]()
今の持ち主が手に入れたときには、
もう既にこんな状況だったとのことで、
グリーン(青)なのに、修復されたところ、
黄色にされてしまっていますね。
こんなひどい修復、
やり直せばいいと思うのですけど、
修復でやり直しはできないのですって。
できるのは、傷んだところを直すことのみ。
直した所が、
何百年後にこんな状態になって
後世の人ががっかりしないようにしたい、
とおっしゃっていました。
この後、私はまた列車に乗って、
近くの街コルトレイクにある
麻の博物館へも行ってきました。
麻の話もしたいし、
アテネのことも書きたいし…
本年はもう少し頻繁に
ブログをアップできるよう
がんばります![]()
みなさんにとって
ステキな一年になりますように![]()















