みなさん、
お久しぶりです。
いかがお過ごしでしょうか。
シンガポールの今日は、
雨で始まりました![]()
モノを見て、描き、表現する、
という仕事をしていると、
雨が降ったり、鳥が飛んでいたり、
そんな日常がとても大切です。
自然の営みの中に生かされている
と、日々感じています![]()
でも職業によっては、
人工物の中で仕事をし、
自然からは遠く離れて、
毎日を過ごしていらっしゃる方も
いらっしゃるのでしょうか。
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わたしは女の子をふたり育てていますが、
このふたりは性格や行動が全く違います。
長女Aは、小さい時から
とても静かで動き回らない子でしたが、
次女Aは、
いつもワンワンと走り回り![]()
犬を育てているのかな…![]()
と錯覚するような幼年時代でした。
食べ物も人もクンクンと匂い、
知らないものは手や足で触り、
時には口に入れてみたりして、
身の回りの世界を五感を総動員して
知ろうとしていました。
わたしの幼年時代は…といえば、
次女Aが犬だった年頃に、
父の死という大事件が起こり、
五感だけではわからない死の世界と
向かい合わなければなりませんでした。
「お父さんは死んだのに、
なぜ腕時計が存在しているのだろう。
なぜお父さんのカラダだけ
突然消えてしまったのだろう。」
死んでしまうのは、
ヒトがロボットのような
人工物でなく、自然の一部だから、
という簡単なことなのですが、
そのことを受け入れるには
ずいぶんと時間がかかりました。
そして、父の死も不思議だったけど、
わたしの生も同じように不思議だなあ、
と思うようになりました。
そのときにはもう、
この世には存在しない父がいなければ、
わたしは、この世に生まれてこなかった
わけですからね。
わたしがここに
存在するという不思議![]()
世界は、こんな不思議なことや、
楽しいこと、悲しいこと、
つらいことや嬉しいこと、
いろいろなことで構成されていて、
秩序があれば無秩序もあり、
闇があり光があるように、
生と死も、どちらか一方だけ
存在することはできない、という
そんな関係なのでしょう。
世界の構図(1)でわたしが感じていた
世界から悪は無くならない、は
“善がある限りは”、と前置きを
つけるべきかもしれません
ナント![]()
バランスを保って動いている世界に
生きている私たちの日々もまた、
バランスの中にあります。
唐突ですが、臨床心理学者の
河合隼雄先生が以前、
こんなお話*をされていました。
世間では、人格者として活躍されている
ある方が相談に来られた。
その相談とは、息子さんのことで、
家でも学校でも問題ばかり起こす、
どうしたものだろうか、というものでした。
息子さんは、もしかしたら、
世間では大変な人格者であられる
父親のバランスを取るために、
そのような“困ったこと”を代わりに
しているのかもしれませんなあ、
とお答えになったそうです。
(*わたしの記憶ではこのような内容でしたが、
細かい部分は間違っているかもしれません…
資料を見つけたらまたここで共有しますね!)
問題あって切った木から、こんな新芽が出ていました!
次女Aの犬ぶりも、もしかしたら、
長女Aが特にもの静かだったから
できた性格なのかもしれません。
わかりませんけど…![]()
家庭も、地域も、国も世界も、
色々なバランスの上に
出来上がっているものなのでしょうか。
そんなふうに考えると、
善とも悪とも、またそのどちらとも言える
鬼という存在を昔から大切にしてきた理由も
なんとなくわかるような気がしてきました。
なにを言いたいのか、
わからなくなってしまいました![]()
ヒトは自然の一部なので、
自然からあまり遠ざからないように
暮らしましょう、ということと、
わたしはわたしのために
生きているのではなく、
みなさんとのバランスの中で
生かされている、ということを
共有したかったのでした![]()






