ブログタイトル。
NTTと総務省のやり取りを中心に、お互いの悲しく、哀れな現実を綴っていたつもりでしたが、
最後の最後に非常に考えさせられる結果となりました。
いつも通り、バカみたいに長い記事になってしまいましたが、宜しければ目をお通しください。
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公共料金の正当性とは。
⑪の記事において、電気通信事業(携帯通信業界)政策を司る総務省について指摘をさせて頂きました。
前回の記事でも紹介致しましたが、異なる切り口で重要な点がある為、再度、電気通信事業法1条の条文を紹介いたします。
第一条
この法律は、電気通信事業の公共性にかんがみ、その運営を適正かつ合理的なものとするとともに、その公正な競争を促進することにより、電気通信役務の円滑な提供を確保するとともにその利用者の利益を保護し、もって電気通信の健全な発達及び国民の利便性の確保を図り、公共の福祉の増進する事を目的とする
※記事⑪の最下部の年表を再度、目を通して頂ければと思います。
当記事の重要な点。
それは「合理的」です。
運営を「合理的」にする為には、その運営の根幹である料金を
「合理的」にせねばなりません。
しかし、2020年現在、携帯電話に関しては、総務省主導による「合理的」な料金設定は設定出来ておりません。
→そもそも法定の「公共料金」ではありませんから、総務省に設定する権限がない。
現在、楽天の新規参入を機に携帯電話料金の値下げに腐心しているようですが、前回の記事で指摘した通り「時間の喪失=国富喪失」が大きすぎます)
総務省の求める「合理的」料金。
その合理性は即ち、総務省にとっての「正当性」となり、その正当性を「錦の旗」とし、電気通信行政を行って来たのです。
総務省が求める「合理的(=正当性)」とは一体、何を根拠にしているのでしょうか。
今記事では、条文にも明記されている「合理的」について、綴ってまいります。
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皆様に質問させて頂きます。
コンビニエンスストアやスーパーで販売されている500mlペットボトルのコーラ(特定の商品を指すわけではありません)、購入された事、あるでしょうか。
コンビニだと150円程度が相場です。
スーパーに行くと100円であったり、もっと安い時も多々あります。
果たしてこの料金「合理的」なのでしょうか。
皆様に質問させて頂きます。
NTTの固定加入電話※1。
日本国内の電気通信産業※2「唯一」公共料金とされています。
※1「固定加入電話」は私の造語です。
単に固定電話と表現すると「ひかり電話」「IP固定電話」と混同される為。
また、「加入電話」としても、固定電話に馴染みが無い方はそれが「何なのか」感覚的に理解出来ない方いらっしゃる為、この様な表現としました。
※2携帯電話、固定電話、インターネット通信、プロバイダ、IP電話等
近年では携帯電話(スマホ)がコミュニケーションの中心となり、そもそも固定加入電話を利用した経験がない方もいます。
NTT固定加入電話の通話料金、昼間の市内通話料金は3分8.5円。
基本料金が1450円から1700円/月と、なっております。
果たしてこの料金「合理的」なのでしょうか。
先に「コーラ」を出しましたが、別に車でもテレビでも靴下でも何でも良いのです。
コーラを製造するメーカーはどの様に商品(サービス)を開発、提供するでしょう?
私は食品メーカーの人間ではありませんから、断定的な表現はしかねますが、間違えなく「150円」「100円」と言った価格帯で勝負する事を前提に、「広告宣伝」「味」「原材料」「流通」を決定し、商品を開発する筈です。
商品価格が…
300円になる「流通」を使わないと販売できない商品
400円になる「材料」を使わないと販売できない商品
500円になる「広告」を使わないと販売できない商品
余程の外部的要因や奇をてらった戦略でもない限り、この様な商品は企画すらされないでしょう。
150円や100円と言った価格。
これはメーカーが「設定したくて設定した」価格ではありません。
日本と言う市場において自然と合意形成され、皆が「合理的」と感じる相場だったのです。
私自身も「合理的」な価格として、受け入れた事を記憶しています。
500mlのペットボトルが登場した当時、250ml缶ジュースが110円とか120円(自動販売機)でしたので、500mlのペットボトルが150円と言うプライスを付ける事に違和感はなかった(つまり、合理的である)のです。
仮に私の知らない所で「カルテル」が組まれ、仕組まれた価格であったとしても、先に述べた通り、日本人が既に「合理的」と感じている以上、この料金は「合理的」なのです。
「コーラ」を4割値下げしろ!…何て言葉、政権幹部の口から、出てこないですよね(笑)
市場が主導権を握り、メーカーはその「形成された価格」をターゲットとし、製品、サービスの開発&販売をする。
この様な価格を「外成的料金」と名付けます。
既存の経済用語を使用すると「マーケットイン」の考え方を用いた価格と言えるでしょう。
本題です。
総務省(旧郵政省)は唯一の公共料金である固定加入電話を「正当性(合理的料金)」を以て、管理してきました。
その「合理的」としている料金の「合理性の担保」は何処にあるのでしょうか。
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話を進めていく前に、公的なサービスに関して注釈を入れさせて頂きます。
固定加入電話に限らず、公共料金の多くは自然独占産業となります。
自然独占産業を簡単に解説するとこうなります。
解説①
初期投資が莫大であり、尚且つ規模の経済が働けば働くほど効率が増す産業であり、競争原理を働かせようにも、既存企業(先行企業)の
効率に対抗出来ず、新規参入が難しい。
そもそも初期投資(ヒト、モノ、カネ、ジカン)が莫大であるが故、同じ国の中で同じサービスを行うにあたり、二重投資を行う事がその国全体で考えても不利益である。
「ユニバーサル」なサービスが条件である以上、運営上「不利益」な地域にも、他の地域と「同質」のサービスを提供しなければならない。
通常の民間企業的思考では決して運営出来ない。
表現を変えてみます。
解説②
その事業を行うにあたって、莫大な時間と資金と労力が掛かり、民間で競争させながら管理する事が現実的では無い。
この様な表現となります。
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「合理的」な料金の一例としてコーラを挙げました。
通常、民間企業はプライステイカーであり、市場が決定した「合理的(≒正当性)」料金を前提に、活動を行います。
そして、商品,サービスを開発する際、基本的に四つの方針で自身のサービスを開発&提供します。
①同一料金帯でより付加価値が高いものを開発&提供
②同一付加価値で、より低廉な料金で開発&提供
③合理的な料金に対してより高付加価値であり、それに見合う料金引き上げを行うものを開発&提供
④合理的な料金に対して不要と思われる付加価値を削ぎ落し、それに見合う料金引き下げを行うものを開発&提供
民間企業は「合理的料金」から逃れる事は出来ず、合理的料金ありきで、そこから戦略を立てるのです。
自然独占産業である携帯通信業界。
公共料金として設定されている固定加入電話は戦前から戦後にかけて100年近くに渡り、公的組織により独占供給されて来ました。
日本全国津々浦々に電話網が敷設。
NTTが全国の電話網を含め、それらを維持管理する為の管路※や洞道(Wikipedia)※と呼ばれる資産を保有する現実。
1985年、通信の自由化が行われ、新たな通信事業者が市場に参入ししましたが、NTTに対抗し、「0」から電話網を構築した事業者は存在しません。
※管路…KDDI用語集にリンクエラーがある為、簡単に解説しておきます。
光ファイバーや電話線等を地下に埋設した際、それらを通しておく為の「配管」です。
「コーラ」の様に競争的な市場環境が構築される筈もなく、外成的な「合理的」料金も存在し得ませんでした。
当然、「合理的料金」を中心に戦略を立てる事もありません。
それでも総務省は「公共料金」である固定加入電話に対して、法律にも「合理的」と明記されている訳ですから、皆が「合理的(=正当性)」と思える料金にしなければなりません。
そこで、その「合理的(=正当性)」料金の担保を「計算式」に求めたのです。
総務省として用意した「計算式」。
この「式」によって導かれるものが「総括原価」
導かれた「総括原価」を基に合理的料金を決定する事を総括原価方式と言います。
総務省は、総括原価方式を以て、「正当性」があると定義付けているのです。
しかし、この総括原価方式には致命的な欠点が2つありました。
→結果「合理的」で無いと判断された為、最終的には固定電話市場における規制は大鉈を振われ、結果、全く異なる規制が敷かれる事となりました。
因みに、日本の公共料金(電気、ガス、鉄道、水道等)の多くが、この「総括原価方式」をベースに料金設定がなされております。
詳細を綴る前に、総括原価方式の本来の考えや致命的欠陥に繋がる解釈を列挙しておきます。
元々「式」自体には「解釈」が存在しません。
当然、「式」はただの「式」ですから本来、そこに「意味」は無いのです。
しかし、政治の世界と強く結びつく管理体制(公的独占組織)を取っていた為、当然「政治」の運用(解釈)によって、様々な「活用」がなされる事になるのです。
●総括原価方式の本来の運用(解釈)
①総収入を超える利益(報酬)を上げてはならない
→利益の上げ過ぎ無い様に。
②ある程度、利益(報酬)が出ないと、そもそも事業が立ち行かなくなる
→事業継続の妨げに成らない様、最低限の利益をあげる。
●国民に「合理的」価格を提示していると見せかけて、実は政治的(恣意的)活用がなされていた可能性が考えられる運用(解釈)
③収入額までは「原価」を増やしてもよい
→不要な「費用」や利益(報酬)を増加させる要因になる。
④設備投資をする事によって、総括原価が増える事になる
→収入をコントロール出来る。
●その他の運用(解釈)
⑤サボタージュ的な運営を行っていても、利益が確保される。(料金面、技術革新面)
改めて、総括原価方式における「総括原価」の式とは、どの様な「式」なのでしょうか。
簡略化した表現をすると以下の様になります。
費用+利益(報酬)=収入(≒売上)
このうち、左辺の「費用+利益(報酬)」が「総括原価」となります。
また、利益(報酬)の部分には設備投資費用や設備投資の為の余剰金(剰余金)が含まれています。
そして、ここから「合理的」とされた料金が導き出されます。
収入÷顧客数(顧客利用量)=合理的料金
実際の「合理的」利用料金はこの様に単純に単価を決めていた訳ではありませんが、「合理的」の根拠となっています。
上記解説のみで、「総括原価方式」を理解出来る方は元々総括原価方式を理解していた方だけだと思うので、もう少し解説を入れます。
〇一般の民間企業
原価+利益=収入(≒売り上げ)
「式」だけを見ると、先に説明した「総括原価方式」と基本的に同じです。
式を変換すると…
利益=収入-原価
原価を頑張って下げた分だけ利益が増えるのです。
企業運営上、「当然」の事と思うでしょう。
「コーラ」を例えに出しましたが、民間企業には外成的決められてた「合理的」料金(単価)が、既に存在します。
企業には固定費が存在する為、最低限売り上げなければならない「数」もはじき出されます。
合理的料金×数=収入
そして、次期に対する投資や不測の事態に対する備えも考え、最低限以上の数を販売する必要があります。
もし、最低限をクリア出来なければ、本来実施すべきであった投資の削減や固定費(人件費等)の削減を行わなければなりません。
そう言った改善すらやり尽くして尚、状況が改善しない事態となった場合、組織を解散するしかないのです。
皆様(民間企業で汗をかいておられる方々は特に)は「当然」の事として理解されると思います。
〇総括原価方式による管理企業
先に列挙した「式」の運用(解釈)③や⑤に繋がる話です。
先ず、費用が決定されます。
そこに適正利益を加算します。
この「適正利益」の算出方法は「資産」や「今後の設備投資」に依存します。
そして、「費用+利益(報酬)」(総括原価)を基に、収入(独占企業なので顧客数が決まっています。後は単価を決める)を決定します。
「ああ…今期は沢山人を雇ったから人件費が増えたね。利益は出さないといけないから増えた人件費に利益を加算しましょう。
これでトータルのコストが計算出来るからその「総コスト(原価)」に合わせられる様に市民一人当たりの「単価(=合理的料金)」を決めれば良いですね…
この様なロジック…
企業側が自分達の都合を優先し料金を創出する。
「コーラ市場」と対比して
「内成的価格」と名付けられるでしょう。
既存の経済用語を使用すると「プロダクトアウト」の考え方に近いでしょう。
※「マーケットイン」「プロダクトアウト」の本来の意味は「料金」に関する事ではありません。
リンク(Wikipedia)を貼っておきますので、宜しければ参考に。
如何でしょう。
「コーラ」を開発する民間企業は市場に決められた「外成的(=合理的)料金」に取り組まなければならない事はお伝えしました。
総括原価方式によって管理される企業は
自己の都合で積み上げられた「内成的(=合理的)料金」を以って、運営にあたる事が出来たのです。
ここには「当然(民間企業)」ではない世界が広がっています。
夢みたいな世界です。
もう一つ、総括原価方式解説の冒頭、理解し難い一文があったかと思います。
予め列挙した「式」の解釈④に繋がる話です。
「利益には設備投資に関する費用が含まれている」と記しております。
「利益と設備投資が何の関係があるのか?」と疑問を持たれると思います。
下記に砕けた表現を使用し、解説致します。
「今まで(これから)」投資して来た(これから投資する)から、それに見合った利益を上げないとマイナスになる
従って、その投資をした分(これからする分)は事業を行う上で必要だった(必要だ)から、その投資金額に見合う利益になる様、投資をした資産を基に報酬を決め、総括原価を決定しましょう。
話し言葉で表現した方が分かり易いでしょう。
「今まで投資した分は、投資しただけ費用が掛かっているんだから、その分は貰っておきなよ」
「これから投資する分は、これから費用が掛かるから資金を調達しておく必要があるよね。だからその分は貰っておきなよ」
つまり
設備投資をした量(コスト)に対して
設備投資をしようとする量(コスト)対して
収入を増加させる事が出来てしまうのです。
この考え方、私は仰天しました。
何故なら、この様な費用で「総括原価」を増加させ、
それが「合理的料金」算出の基になっている
のですから…
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総括原価方式を利用する事による2つの欠陥
公的組織によって運営さていた為、「合理的」料金とは決して表現出来ない事が発生する可能性が出て来ます。
欠陥①
国民の支持が得られない政権があったとします。
その政権が公共料金を運営する公的組織に以下の様に指示を出します。
「総括原価に組み込んでいる設備投資額、多すぎでは無いか?」
「もっとコストを抑えられるのではないか?」
非常に「理にかなった」指摘だと感じるでしょう。
しかし、この指摘の結果、どうかるのか。
総括原価の算出式を振り返ります。
費用+利益(報酬)=収入(≒売上)
収入÷顧客数(顧客利用量)=合理的料金
収入から合理的料金が導き出されるのです。
総括原価である「費用+利益(報酬)」の「利益」の部分と設備投資が密接に関わって来ます。
先程の政権の指摘は以下の様な現象を引き起こします。
設備投資を指摘する事で「総括原価」全体が引き下げられ、その結果、計算される収入が減少。
収入が減少すると言う事は…「合理的」料金も下がるのです。
そして、その利益(報酬)を調整する権限を持っているのは、「規制する側」つまり、政権側なのです。
国民から支持の得られていない政権からすると、非常に「合理的(=政権に有利な)」な引き下げが出来る訳です。
しかし、指摘としては一見、真っ当であり、その結果、国民が喜ぶ「値下げ」を行えるのです。
国民からの支持上昇が簡単に想像出来ます。
そして、当然、逆も可能。
恣意的に決定される様な方式の何処に「合理性(=正当性)」があると言うのか。
総務省が腐心して辿り着いた合理的料金(=正当性)、総括原価方式とは一体、何だったのか。
如何に合理的料金の為の「式」を用意しても、サービスを提供する組織が政治に近い組織である以上、政治の思惑から逃れる事は出来ず、恣意的な運用が繰り返されていたと感じずにはいられません。
総務省にとっての合理的料金(=恣意的料金)の最たる例があります。
下の画像は1985年の通信の自由化の後の長距離電話料金の推移です。
総務省はこのグラフの結果について、次の様な見解を述べています。
「競争原理を導入。それにより新規参入&事業者間競争が実現。それにより料金が低廉化」
確かに10年で料金が78%下落しています。
そして、その結果を「競争原理」を導入した「総務省の実績」としているのです。
図が示す通り、NTTと他の企業の料金が「綺麗」に付かず離れずとなっております。
この長距離通話の推移。
NTTが常に他社の後追いを描く結果となっているのは何故でしょうか。
競争原理が働いていると言うならば、通常「お互い」に抜きつ抜かれつになるのではないでしょうか。
この様な不自然な競争。
「合理的(=恣意的)料金」による総務省のコントロールが有ったのか、無かったのか…
欠陥②
総括原価方式の運用(解釈)にて先に列挙した⑤に該当します。
もう一つの問題。
それは「費用」です。
三度、総括原価方式の式を振り返ります。
費用+利益(報酬)=収入(≒売上)
左辺の「費用+利益(報酬)」が総括原価であり、その「総括原価」の上下により、提供されるサービス料金がコントロールされ得る可能性を指摘させて頂きました。
総括原価方式は本来、「利益を出し過ぎない、そして、利益を少なくし過ぎない」が元々の考え方です。
しかし、管理されている企業側がよこしまな考えをもってしまった場合、どうなるでしょう。
この計算式上、コストが上がろうが、下がろうが「そこ」に利益を上乗せし、合理的価格を決定出来てしまう方式である以上、以下の様な事が出来てしまいます。
「社員の取り分を増やしたいなぁ…。幸い、費用に利益を上乗せするだけだから、利益が出なくなる訳では無いから、問題ないか」
「コスト削減を言われているけど、こっちは一生懸命やっているんだよなぁ。これ以上無理だよ。」
公共のサービスは自然独占産業である事を指摘しております。
「コーラ」の様な一般民間企業の場合。
他の「コーラ」企業と切磋琢磨し、上場企業であるならば、決算内容も開示されて、企業同士、経営内容が細かく比較されます。
そして、売り上げが…固定費が…利益率が…人件費が…と、自社、他社の比較により、改善点が浮き彫りにされ、よりよく改善を図って行くのです。
双方向な比較。
情報の対称性。
そこから導き出される「費用」。
倒産を背に日々改善している訳です。
勿論、完璧と言う訳には行きませんが、少なくとも日々「努力」を行っている事は容易に想像出来ます。
総括原価方式によって管理されている自然独占企業
独占な訳ですから、比較する相手はいません。
仮に決算データが開示された所で、
その「費用」が合理的かどうかを判断する材料がありません。
一方通行の情報。
情報の非対称性。
仮に規制当局が口をは挟んだとしても、誰もl同じ業務を行っていない以上、「やってないなら、私たちの仕事の事、知らないだけでしょう?」と反論されれば、返す言葉もありません。
独占企業における「費用」の合理性の追求には、自ずと限界が来ます。
結果、独占企業から見た「合理的(=恣意的)」料金が形成されてしまう可能性が出てくるのです。
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総括原価方式が総務省による恣意的料金の温床になっていると指摘させて頂きました。
1985年の通信の自由化以降、規制方法が細かに見直され、総括原価方式にも手が加えられる事になりましたが、総務省(旧郵政省)によって、合理的(=恣意的)料金が設定出来てしまうと言う根本的な問題には手が付けられないままでした。
様々な問題や課題を抱えて規制が続けられた固定電話市場。
致命的な欠陥を改善出来ないまま約半世紀。
そこに大鉈が振り下ろされる事になったのです。
それは
「プライスキャップ規制」
と呼ばれるものです。
この規制と今までの総括原価方式の最も異なる点
それは、料金の「見える化」です。
総括原価方式は指摘をさせて頂いた通り、費用や利益設定において、規制する側、される側、双方の恣意性が絡みやすい制度となっていました。
しかも「合理的料金」を形成する「過程」でその恣意性が組み込まれてくる関係上、結果である「合理的料金」も、何が出てくるかわからない状態でした。
この規制は、過程をすっ飛ばした形にして、公的組織が提示できる合理的料金の上限を決めてしまう規制なのです。
「もう、料金はこれ。えいやっ!」
と、言った具合です。
→この料金の決め方にも、総務省の「恣意性」を入り込ませられる「式」が存在するのですが、ここではその解説は割愛します。
※単に、これ以上記事を書く力が無くなったと言うウワサが…(笑)
何故ならば、この「えいやっ!」価格は恣意性があったか無かったかに関わらず、結果として「500MLのコーラ」の合理的価格と同様に「合理的料金」であったからです。
※現在、この上限価格は市内通話「3分9.4円」となっております。固定電話の通話料金がどこの組織も似たような金額になっているのは、NTTに課せられているこの規制が遠因です。
総務省(旧郵政省)の半世紀に渡る公共料金の規制の歴史。
記事⑩で指摘し携帯電話業過における規制の歴史。
固定電話においても、携帯電話においてもNTTに対して「後追い」の営業活動を強い、業界をコントロールしようと腐心した総務省(旧郵政省)。
両市場とも、最終的には今までの過程を全否定する様な形で、強引な舵取りがなされました。
固定電話市場→プライスキャップ規制
携帯電話市場→規制当局(総務省)外からの「4割値下げ」発言
総務省(l旧郵政省)が追い求め続けた公共料金の正当性。
総務省(旧郵政省)に気を遣い続けてきたNTT。
結局、それぞれが、それぞれの思うように事が運ばず、残るのはただの「悲哀」
その両者の狭間で、もっとも負の影響(国富喪失)を受けているのは国民。
そして…気づきました。
日本の情報通信業界の現状を俯瞰した時、
私自身の中を「悲しみ」と「焦り」と言う風が吹き続けているのです。
そうです。
この業界を憂う私ですが、
最も「悲哀」を感じるのは、私自身に対してだったのです。
携帯通信業に対して何も出来ていない自分自身を見つめて。
この様な最後で、⑩~⑫の記事を締めくくるとは、自分でも想定していませんでした…
了
