■間藤駅
わたらせ渓谷鐵道の終着駅は、栃木県の間藤(まとう)
駅には「ニホンカモシカが見られる駅」という表記があるものの、実際にその姿は見られず😁
 

 
この駅は「時刻表2万キロ」の著者宮脇俊三先生が国鉄完乗を達成した駅としても知られ、駅舎内の待合室には宮脇俊三先生の展示もされています。
 
 
車止めもあって、終着駅の感じ満点なのですが、実はこの車止めの先に線路が続いているのです😏
 
 
その線路とは、JR足尾線が第三セクターのわたらせ渓谷鐵道に移管される際に廃止になった、間藤~足尾本山間(2.1km)の貨物線です。
 
今回は秋空の中、その貨物線の廃線跡を見ながら、終点の足尾本山(あしおほんざん)跡までを散策してきました。
 
13:05の列車で着いて、15:09発の列車で折り返すまでの約2時間。
あちこち写真を撮りながら、ちょうど良いウオーキングでした🥾
 
■散策スタート
間藤駅前の県道を日光方面に進んでいきます。
歩き始めて2~3分。
まず目についたのは「足尾銅山の社宅であった上の平」という看板。
 
看板に誘われて1段上ると、草むらの中に廃墟となった木造の社宅が数棟点在しています。
 
 
今は無人駅の間藤駅ですが、最盛期には18人もの駅員さんがいたとのことですので、かつての繁栄が偲ばれます。
 
上の平の社宅を見てから、歩くこと数分。
踏切が見えてきました🙌
 
道路と交差する部分の線路は、アスファルトで埋めてしまっていますが、警報機は残されています。
車で通りかかったら、一時停止してしまいそうです😅
 
 
この線路を足尾本山からの貨物列車が行き来していたと思うと、妄想でお腹いっぱいです😋
 
 
少しばかり、線路に入ってみたいものですが、立入禁止の看板に制圧されました🙅‍♂️
 
 
踏切のすぐ先は、第二松木川橋梁です。
 
ガーター橋も残っていますし、歩行者用の石製の古い橋も残っています。
 
 
歩行者専用といえども、橋を渡っていくと鉄橋に手が届きそうな高さです。
(この橋も立入禁止です🙅‍♂️)
 
■水力発電所跡
次の見どころは、道路脇に突然現れた大きな鋼管。これは、間藤水力発電所の跡。
 
斜めに残された鋼管は、かつては崖の上まで続いていて、水力発電用の水が通っていたようです。
 
 
道路を挟んで反対側には、川を望める展望台がありました。
 
 
ここから、川を見下ろしてみると、川の中に水力発電所の遺構を確認することができます🙌
 
 
わずかとはいえ、過去の遺産が見てわかる形で残されているのは、観光目線からですがとても興味深いです。
 
このあたりは上間藤地区と呼ばれ、1853年には90人程度の集落でしたが、足尾銅山が開発されると、最盛期の1916年には、下の写真のように38,000人余が生活していたとのこと。
ここには芝居小屋があったりと、かなりの繫華街だったようです。
 
 
長崎の軍艦島もそうですが、日本の近代化に貢献した遺産ですね。
 
■ちょっと横道へ
この辺りまで来ると、線路は川の対岸になってしまい、遠目にもその姿が見えなくなってしまいます😥

そこで、水力発電所跡の先にある橋を対岸に渡ります。
「クマに注意」の看板に身構えつつ、少しだけ歩くとトンネルが見えてきました🐻
 
 
線路もキレイに残されています。

今にも、トロッコ列車が走ってきそうです。
 
 
再び橋に戻ってくると、足尾本山製錬所が見えてきました。
 
 
もとの県道に戻り、しばらく歩いていくと、今度は腕木式信号機とトンネルが見えてきます。

 
静寂の中で耳を澄ませば、汽笛とともに貨物列車が走ってきても不思議ではありません。
 
 
■足尾本山
ゴールの足尾本山精錬所に到着しました。
足尾本山駅はこの製錬所内にありました。
 
 
道路橋のすぐ隣にある鉄骨の橋は、古河橋。
頑丈な鉄骨の橋に見えますが、床板部分と欄干が木製になっています。

 
残念ながら、老朽化が進んでいるため渡ることはできません。
 
そして、貨物線の線路は、この本山精錬所に吸い込まれていきます。
 
 
本来は、この橋梁の反対側から線路が見られると雰囲気ある写真が撮れるのですが、現在は立入禁止のため断念しました🚧
 
 
本山精錬所の中をのぞいてみると、線路はそのまま残っているようでした。
 
 
大正時代の繁栄をイメージしながらのウオーキング。
実際に廃線跡を歩くことはできませんでしたが、周りから見るだけで十分に雰囲気を味わうことができました。
 
もっと本格的に歩いてみたい方は、ガイドさん付きで実際に線路の上をを歩くことができるツアーが不定期に開催されていますので、チェックしてみてはいかがでしょうか。
 

↓廃線トンネルなんて、ディープそうです。