皆様、こんにちは。
今日のブログは、こんなこともあるんだな、
と思った私的お話です。もしよければ、
お付き合いくださいませ。

時は40年前。
本屋で見つけた一冊の絵本に、
心を惹かれて、ずーっとその主人公に憧れていた。

その人は、イタリアの聖人―アッシジのフランチェスコ。
愛されることよりも愛することを選んだ、中世の聖人。
彼の生き方は、ずっと私の支えだった。

その後、ダンテ(神曲などを書いた詩人)を知り、
「私の針路は未知の海へと向けられている」など、
彼の描く叙事詩に夢中になった。
どちらも中世イタリアの人だった。

やがて、ひょんなことがきっかけで、
私は絵や本を書くことが生業となった。
とはいえ日々の暮らしは、子育てや家事が中心で、
夜中や明け方に、仕事をするという感じだったけど。

そうして子育てもひと段落し、
仕事に力を注げるようになった頃、ある夢を見た。
その夢は、ダンテに連れられて、
「地獄」に連れていかれる夢だった。

地獄の底で私は、ルシファーに出会う。
言葉にするのもおぞましい様だった…。
けれども、不覚にも目が合ってしまった。

その瞳を見た瞬間…えっ、この瞳、知ってる、と思った。
なんと、彼の瞳の奥にあるのは、
キリストの光と同質のものだった!

彼はギラリとにらみながらこう言った。
「へへっ、ばれたか」と。

その途端、私は地獄から徐々に、
天国へと引き上げられた。
最上階までいくと、天や宇宙がみえた。
その中に光源があり、人影がうつっていた。

あっ、神様だ! 
と思い、そこへ向かって、進んでいった。
その光の中へ入ろうと思ったのだ。

すると突然、自分のような姿が見えた。
…えっ? なおも中に入っていこうとすると、
虚空から、ダンテの声が響いた。
「ようこそ、イタリアへ」と。
そして目が覚めた。

夢…なのに、とてもリアルだった。
冷や汗が噴き出た。

丁度その時期に、イタリアでのアートコンペが
あったので、一応、応募してみた。
半年以上過ぎ、そのこと自体、忘れかけていた頃、
結果が届いた。国際部門の三位だった。
副賞は、フィレンツェにある美術学校の
入学金や授業料(一部)の免除だった。

家族に相談するも、「せっかくだったら行けば?」
との後押しをもらい、留学することにした。
その時55歳。夢を見てるのかと思った。

ひたすら絵を描くだけでいい、
イタリアでの暮らしはまさに夢のようだった。
けれど、コロナになり、あっけなく途中で帰国した。
履修日数も足りなかったけれど…まぁ、仕方がないか。
課題を日本より提出していたものの、
卒業に必要な出席数が決定的に不足している。

これもまた人生の醍醐味かぁ…と思ったけれど、
どうもモヤモヤがとれないので、一年半後、
思いきって、意を決し、学校に直談判してみた。
「出席日数の不足は不可抗力である」と。
そうして幾度かやり取りを重ねた後、
判断を学校に委ねた。
結果、卒業証書を受け取ることになった。
わわっ。こんなこともあるんだなと思った。

そこで終わりかと思ったら、昨年、突如として、
イタリアの大学の先生(←知らない方)から推薦を受け、
今年、「伊日美術家協会」の会員になった。
また、同じくイタリアのテレビ局から取材を受け、
美術番組に出演することになった。
撮影は日本。ちょうど昨年の個展の時期だった。



その番組が、先日、イタリアのTV番組で放映された。
「芸術の道」(訳)という番組で、私に付けられたタイトルは、
「Panorama della luce e della saggezza」
(光と叡智のパノラマ世界)というものだった。
その番組がYouTubeでもアップされた。それがこちら。




イタリア語なので、何をいっているのかよくわからない(汗)。
ただ、東京個展での絵がたくさん映っていたり、
ヒーリングボディの原画なども出ているので、
もしよかったら、早送りなどで、見て下さったら嬉しいな。

聞くところによると、私の絵は、
キリスト教の精神文化を持つ彼らとも相性がいいらしい。
…いやぁ、こんなこともあるんだね。なんかびっくり。

一歩、一歩、確実に。
愚直に今、出来ることを続けていくということ。

かつてフランチェスコが、ひたすら内なる神の声に従い、
歩みを重ねたように…。
人種や宗教、国の枠を超え、人本来の光を観る旅を、
愚直に進んでいけたらと思う。

みゆきん(菌♪)のつぶやきでした。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
それではまたね。どうぞ今日も素敵な日を。


★★★Art Symphony Info★★★

●最新刊 心に響く動物たちからのメッセージ絵本
「いちばんだいすきなあなたへ」

●はせくらみゆきYouTube

●はせくらみゆき公式サイト