おはようございます☆



前回

血の清算

なんて銘打ったものだから?


自分の

深いところに首をつっこんだ感じもある(笑)



そうして

久々に思った。


あぁ

「お母さんは、私が好きじゃないんだなぁ」

って。


それは翻って

母が母自身を好きじゃない

ってことなんだけど。



母が

ずーっと

何かから逃げていることは知っている。


その具体的な『何か』

は触らせてもらえないんだけど。


本人も認めたくないから

顕在意識としては

気付いていない。


でも今

そこをつつかれている。



ずーっと無視している自分自身から

ノックされている。


こんな風に

一歩歩みを進めるごとに

伸るか反るか、よね。



自分を愛せない。


そういう人は

今も

日本人の過半数なんだろうと思う。


海外では

わりと自己肯定感も育てられるけど

日本は壊滅的だもんね。。



一体いつに戻れば

自己肯定感の高い社会があるんだろう。


過去のどこにもないような気すらする。



まぁそんなことはさておき。



自己肯定感の低い人

自分を愛せない人に育てられると

その影響って計り知れなくて。


だから

そんな連鎖を断ち切らなきゃいけない

って思ったのがアラサーの頃。



そこから

自分に何が起きていたのか

理解して

受け入れるのは


正直

苦しい道だった。



挙げ句

『そういうことも、ひっくるめて生まれてきてる』

って聞かされたら

なおさら受け入れ難くて


ますます自分が嫌いになった。



だって

バカじゃないの??!

って思っちゃう。


なんで

そんな苦しい道を

わざわざ選ぶの?!!

って頭を抱えて動けないような気分。



だけど

頭の片隅で言うの。


『その苦しみこそが、目的』

って。



だって

ネガティブが魂のごちそうだったんだもん。


それをしたくて

わざわざ降りてきた。


変態!!!!!!



だけど

なんでもすんなりうまくいくことがスタンダードだと


うまくいかないことが

おもしろそうにおもっちゃうんだよね。。



そんな

高い次元の自分と

現実に懊悩している自分と

それを両方眺めている自分と。



そういうのを

全部

納得していくのに

骨が折れた。



今はスルッといける時代^^


みんながやり始めてるし

磁場ができるとなおさら抜けやすい。



ある程度

全てを受け入れられると

自分が何をしたかったのか

も納得しつつある、なぅ。



『愛』

をやりたかったのよ。


どんな困難な状況でも

愛でいられるか?


それは

自分の真実に忠実でいられるか?

ということでもある。


そういう

チャレンジをしたかった。


それも一つの目標。



壮大というか

物好きというか。。


好奇心旺盛なのは

源の純粋な性質の要素^^



それにしても

酔狂なことだ。。



そこまで傍観して

過ったのが

マザーテレサだった。


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