人生全体にスポットライトをあてたい〜いつも人の死から学ぶこと〜 | Aya  自分の思考が変わると世界は変わる❤︎

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現実(目に見えるもの、形あるもの)を変えるには、自分の期待や思い込みを変えるだけでいい。

『今』見えるものではなく『これからみたいもの』に意識を向ける。

日々の自己対話の気づき、意識の変化を書いています✎﹏

今日、


ネットニュースで志村けんさんが亡くなられたことを知りました。




あっという間の出来事に驚きました。



そして、


本当にコロナウイルスは、



誰がかかってもおかしくない。



自分のためにも、大切な誰かのためにも



人ごとと思わず、


今できることはなんだろう?自分に問いながら


できることをしようと改めて気づかせていただきました。



小さい頃


まだこんなビデオテープ時代



録画してある『8時だよ全員集合』をみる時間が


本当に楽しみだったなー。








わたし、いつも人が亡くなったときに



『大変だったね』


 
『なんであの人が』



『かわいそうに』


という人の言葉を聞くのがすごく胸がキューと押し潰される感覚と何か違うような感覚が自分の中でいつもありました。



わたしは、約10年前、大切な人を突然亡くした経験があります。



本当に突然のこと。



その時に、周りの人が口を揃えて言った言葉


『まだ、若いのに…』


『かわいそうに…』


『なんであの子が…』


といろんな人が言ってるのを聞いて



すごく違和感がありました。


それから、しばらくその違和感がわからなかったけど



今ははっきりわかることがあります。



『どんな風に亡くなったか』ばかりに目を向けると


突然の死や予期せぬ死は



かわいそうに人の目には、映るのかもしれない。





でも、本当に想いを馳せるところはそこじゃないと思うんだ。



『その人がどんな人生を送ってきたのか、人生全体にスポットライトを当てる』


そこに想いを馳せると


どんなに家族に大切に想われて


素敵な仲間に出会えて


たくさんの喜びを感じて


何を大切にしてきたのか


そして、

きっとその人の存在がたくさんの人に喜びを与えてきたことがわかる。




想いを馳せれば馳せるほど


感謝が湧いてくる。


そして、わたし自身どんな最期を迎えたとしても

『本当にいい人生だった』って言えるような悔いのないような生き方をしたいなと思う。


これが、今ここにいるわたしのできることなんだと思う。



わたしは、この年齢にしては、たくさんの別れを経験してきたと思う。


人の死は本当に本当に心がえぐられるほど悲しい。


でも、大切な人との別れは


時間とともに大切なことをいつも教えてくれました。


直接的な繋がりがあるかどうかではなく


たくさんの喜びや感動(喜びだけでなく寂しさも含めて心を動かしてくれた)を与えてくれたという事実がある以上


必ず感謝の気持ちが湧いてくる。



わたしは、志村さんに幼い頃本当にたくさん笑わせてもらった。



たくさんの人の前に立ち、たくさんの人に笑いや喜びを与えてこられた志村さん




志村さんへの感謝の気持ちとご冥福をお祈りいたします。