それは小学生の頃、毎週テレビの前に釘付けになった番組。

 

「兼高かおる 世界の旅」

 

ちっちゃなテレビの中に映る世界の景色を見ながら、

 

「いつか、私も兼高かおるさんみたいに、世界中を回ってみたい」

 

と今から思えば、強い思いを抱いていました。

私は倉敷市玉島という町で生まれ18歳まで育ち、田舎で家の周りは、当時は田んぼとあぜ道。世の中にインターネットはもちろん携帯電話、電話の子機、ポケベルもなかった時代。自分の知らない世界を唯一映像で見れるのが、テレビでした。

 

 

「世界には、美しい建物や、高い大きな建物があって、人がたくさんいて、きれいな洋服をみんな着てるんだな」と幼な心に感じたのを覚えています。

 

世界中のまだ見ぬ景色も楽しみだったし、兼高かおるさんの、ハスキーで高いエレガントな優しい語りの「声」も大好きでした。

 

「ここは・・・・」という説明に聞き入っていましたね。今思えば、片田舎の小学生にも分かる言葉で、世界の街を紹介してくれてたんですね。なんて優しいんでしょう。

 

 

訃報をネットニュースで知って、幼いころの記憶が頭の中をめぐり、テレビの中で世界の街を紹介する、兼高かおるさんの姿を思い出し、あの声が私の中に響きました。

 

 

 

神戸生まれの兼高かおるさん。神戸新聞にはこのように書かれています。

 

勤続10年以上の社員には1年に3週連続の休暇があっていい。そして旅をしてほいい。旅秋での発見と感動は必ずや仕事に生かされるだろうから◆90歳で亡くなった神戸生まれの旅行ジャーナリスト兼高かおるさんの“勧め”である。・・・中略・・・約30年にわたる長寿番組「兼高かおる 世界の旅」はローマから始まった。1959年(昭和34年)、横断幕と万歳に見送られて羽田をたち、香港に1泊、プロペラ機で52時間かかったというから時代がしのばれる◆時にエレガントに、時に体当たりの取材で。品のいい語り口とともに茶の間に届けられた映像は、海外など夢のまた夢であったころの日本人に未知へのあこがれと「いつかは自分も」の空想をかき立てたに違いない・・・以下省略。

 

※2019年1月12日(土)朝刊「正平調」より抜粋。

 

 

旅に出ようと思い立ったときから、旅は始まる。電車にしようか飛行機にしようか、現地でどこを観ようか、何を食べようか、あそこでは何をして過ごそうか・・・未知への空想は果てしない。

 

 

去年はハワイへ行きました。私の旅熱が再燃しちゃった。

仕事にプライベートに、2019年は「旅」もテーマに入れようかと、楽しみがまた一つよみがえりそうです。