15年前、山崎豊子さんの小説に出会いました。
白い巨塔、沈まぬ太陽、不毛地帯、二つの祖国、大地の子、そして華麗なる一族。
「華麗なる一族」は、何年か前にフジテレビでドラマ化され、木村拓哉や北大路欣也が演じて、記憶にある方も多いのではないでしょうか。
他にも多くの作品が、映画化やドラマ化されています。
「華麗なる一族」の冒頭で、万表家(まんぴょうけ)がホテルのメインダイニングで迎える元旦の朝、目の前に広がる英虞湾(あごわん)が日の出に照らされる風景が描写されています。
山崎豊子はこの一節を書くために、何度も何度も志摩観光ホテルへ足を運んだのだと、あとがきか何かで読みました。
この小説を読んで、私もいつか同じ風景が見たいと思っていました。
その思いが今回の旅で叶い、冬の朝、日の出に照らされる英虞湾を、朝食をいただきながらこの目で見てきました。
小説の中の世界が、目の前に現実としてある感動は、言葉に尽くしがたいものです。
小説「華麗なる一族」に出会った15年前当時、インターネットは家庭にはそんなに普及しておらず、文字が表現されている英虞湾の風景はとても美しいのだろうと想像の中だけでした。著者が何度も足を運んで書いた描写は、心動かされるものがありますね。
最近では、伊勢志摩のポスターを梅田で見るたびに、行ってみたいな~という思いがまた呼び起こされました。
出発前は、ネットで写真を見ながら大きな期待を抱いていました。
でも、やっぱり足を運んでこの目で実際に見るものには、ポスターや写真も何もかなわないのだと、今回の旅でもまた実感しました。
現実を伴わない情報は、現実とは全くの別物だということを忘れてはならないということも。
「知っている」という感覚になったとき、知っているという「錯覚」に陥ってはいないか。「知っている」というのは、現実として受け止めて始めて、そう言えるのかなと。
この伊勢志摩の旅は、夫が行こうと言い出しホテルも予約してくれました。私が英虞湾の景色をいつか見たいという思いで、15年間過ごしていたことは知ってか知らずか。たぶん知らなかったと思う(笑)。私が山崎豊子が好きだということは、知っています。
感動的な旅ができたことに、心から感謝です。


