神戸には、教会がたくさんあるように思います。
息子の小学校区内だけでも3つ。
駅から私の自宅までの道のりに3つ。
感覚的には、多い所だと数百メートルごとに、教会が建っているようです。
教会の鐘の音が、毎日の朝夕に響いていますよ♪
これも神戸の文化ですね。
さて、夏休みも終わりに近づく8月26日、教会の日曜礼拝に参加しました。
讃美歌を歌い、聖書を音読し、祈りをささげる。
厳かな中にも、温かい空気の流れを感じる礼拝でした。
説教と呼ばれるお話は、キリスト教学校の先生による「奇跡」について。

夏といえば「宿題が終わっていなくて、神にもすがる思いだった」ことを思い出されるそうです。
「このまま明日になって、朝起きたら宿題が全部終わってるんじゃないか」と。
そんなことあるわけないのに、なぜかそうなっていますように、って祈りますよね!神さまに。
ということは、自分の心の中に「神さま」が存在するということ。
人の心に神さまが存在すること自体が「奇跡」だと、おっしゃっていました。
今日、こうしてここで与えられた「出会い」も一つの「奇跡」だと。
夏休みにできたこと・できなかったことはあるけれど、今こうして健康でいられることには感謝している。
感謝できることも「奇跡」なんだと。
私の解釈ですが、このようなお話でした。
「今日、ここ教会に来たくても来られない人にも思いをはせる」というお話も印象的でしたね。
恥ずかしながら、そんなことは、あまり考えたことはなかったので。
※1995年阪神淡路大震災で全壊し、再建され2004年に竣工。
実は今日参加した礼拝は、「ジュニアチャーチ礼拝」と言って13才~18才の中高生向けで小礼拝堂で行われたもの。
お話がとても分かりやすかったので、良かったですよ。
礼拝が終わったときには、気持ちや穏やかになり、心静かな自分を感じていました。
祈り、出会い、感謝・・・これらはすべて「奇跡」。
「奇跡」というのは、私たちの”日常”にたくさん起きているんですね。
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