私自身の話になるのですが、昔から絶対的な悪。絶対的な善を信じない子でした。
それは、私には当たり前の事だったので、最近気がついた事なのですが。
これは本当に悪い!こんな考え方はありえない。って話を聞くと、でもこんな良い面もあるし…と頭の中で反論し。
めっちゃ良いねん!やってみて、これ以外は考えられへん。と言われると、その物の悪い面を探し…と天の邪鬼でした。
というか、今もです。
大人になったので、この人はそう思ってるんだなと考えられるようになりましたが。
社会的に悪とされやすいもの。
犯罪は別として。
(本当はね、犯罪をおかしてしまう人でさえ、悪だとは思っていない。
ダメなものはダメかもしれないけれど、当事者にならなければ、わからないこともある。
部外者があれこれ言うは無しではないと言うことです。)
社会的に悪とされやすいもの。
お金お金と言うこと。
約束を守らないこと。
挨拶をしないこと。
困っている人を助けないこと。
損得で物事をみること。
自分勝手なこと。
すぐに挫折すること。
不登校。引きこもること。
人の話を聞かないこと。
嘘をつくこと。
人に迷惑をかけること。
働かずに遊んでばかり寝てばかりいること。
自分には無いけど相手にはある。
相手には無いけど自分にはある。
人には色んな部分があるから、そんな面もあって良いんじゃないか。
とも思うし、
ダメだって思い込んでいるだけで、
そもそも本当に悪いものなのか。
とも思う。
人生は限られているのだから、
勉強はした方が良いし、学べることは学んだ方が良い。
だから、家に引き込まっていたらダメだ。
と周りがいくら思っても、本人がそう思えないと意味がない。
少なくとも、直接関わりのない、周りがどうこう言う問題ではない。
私は人生は旅だと思っていて、
やっぱり生まれたからには前に進まないと見える景色は変わらない。
学校の勉強に限らず学ぶことは山のようにあって、それを学ぶのが人生だとも思う。
ただ、その学ぶことは人によって違う。
自分自身が考えつかないようなことを考えている人もたくさんいる。
だからこそ、自分の物差し、社会一般的なという物差しだけで人を見たくない。
一人ひとり違って当たり前だし、簡単に善と悪真っ二つにできるものでもない。
本当にそれが良いものなのか。
本当にそれは悪いものなのか。
人を疑うということではなく。
その存在はどういうものなのか。
ということを見ていきたい。
人との関係の中では、いくら良くてもいくら悪くてもやっぱりバランスが
必要で。バランスは私にとって大切な価値観。
昔から、その考えは変わらず。
ただ、すべて悪いもの出ないから、受け入れなければいけない。
が本当に強かった。
良い悪いが無い。
ということと、
自分の好き嫌い。
をわけて考えられるようになってきて、楽になった。
良い悪い。と判断しているのは誰か。
誰にとって良い悪いなのか。
そのあたりを見失うと、自分の価値観を押し付けるだけに
なってしまうのかなぁと。
でも、奥の奥にある真理、というのは同じことを言っている方は確かにいるなとも思います。
これもまた、私の価値観でしかないんですけどね。