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不安が大きくなるときはもれなく、視点が小さくなっているとき。
目の前の問題、
今感じている悩み、
解決したいこと、
そういったことたちに視点がギューーー!っと向いていると、問題や悩みがどんどん存在感を増していきます。
だからそんなとき、意識的に
視点をヒュッと上に投げてみる。
視点が肉体の外に出て、
地球の外に出て、
今回の人生の外に出る。
そうすると
あと何十年かで今回の人生が終わることや
今回の人生が終わっても魂は続いていくことや
私の意思に関わらず、そういった「大きな仕組み」の中で生かされていること。
そういった、大きな視点を持たないと思い出せないことたちに、だんだんピントが合ってくる。
観覧車に乗って上から眺めると、地上にいたときは見えなかった範囲が見えるように。
地上にある家や車がちっぽけに感じられるように。
視点をヒュッ!と上に投げることで、目の前の問題や悩みではなくて
もっと大きな【全体像】を捉えはじめるのです。
どうせ、みんな死ぬし。
どうせ、必ずこの人生は終わるし。
どうせ、魂は続いていくし。
視点がヒュッ!っと上に上がると、そんな気持ちになるのだけど
このときの「どうせ」は諦めの意味ではなく
今の私が不安になってもならなくても、心配してもしなくても、悩んでも悩まなくても
どうせ、成るようになるから大丈夫。
そんな意味合いです😊
お金の不安、人間関係の不安、健康の不安、家族の不安、未来の不安。
国際情勢の不安、災害の不安、物価高騰の不安、政治の不安、ニュースで流れてくる事件の不安。
そういったことで「不安」の中にすっぽりと入り込んでしまいそうなときこそ、
視点をヒュッと上に投げてみる。
👆これを思い出してみてください。
視点が高くなるにつれて、観覧車に乗って下を見下ろしたときのように
今のこの人生。
今のこの問題。
今のこの不安な気持ち。
👆こういった目の前で存在感を増していたものたちが、ちっぽけに感じられてリアリティを失っていく。
そして必ず
「あ、これ考えても意味ないじゃん。」
そんな瞬間が訪れます。
そう。
肉体という小さな小さな視点の中に閉じ込められた私には、考えても分からないことが多すぎる。
ということは、今のこの私にできることは
少しでもいい感覚で日々を過ごすこと。
不安な気持ちで思考し、行動し、不安のエネルギーを発し続けるよりも
少しでもいい感覚で思考し、行動し、いい感覚のエネルギーを世界に発する。
そっちの方が、遥かにこの世界がより良くなることに貢献できると思うから
(というか、世界のために自分にできることって突き詰めるとそれしかないと思うから)
不安になる瞬間はたくさんあっても、その度に視点をヒュッ!と上に投げる。
それを、日々意識しています😊
