先日書いた「感覚」についての記事。

これらに繋がる内容です👇








感覚っていう言葉を聞くと、以前の私は


嬉しい!とか

楽しい!とか

悲しい!とか

不安だ!とか


「何かが起きたとき」に自分の内側から湧き出るものだと思っていました。






良いことがあると嬉しい!


行きたかった場所に行くと楽しい!


思い通りにならないことがあると悲しい!


心配ごとが現れると不安!





そんな感じで、私の内側にある【感覚】とは

外側の出来事に連動して湧き上がる。

そんな風に捉えていたんです。





だから、上の2つの記事にも書いたように

なるべく良い出来事を増やして、
なるべく嫌な出来事を避ける。

これさえ意識すれば、日々を嬉しい気持ちや楽しい気持ちで過ごすことができる。

そう当たり前に思っていました。





だけど、先日の記事にも書いた

「感覚」とは「私が考えること」によって変化する。

👆これに気付いたとき、同時にもう一つ気付いたことがあります。





その気付きとは、

感覚とは「何かが起きたときだけ」湧き上がるものじゃない。




3連休。旦那さんは土日祝仕事&長男は野球の練習があるので、私と次男だけ暇です😪暇を持て余す2人でミスドへ🍩






最初に書いたように、感覚とは

嬉しい!とか

楽しい!とか

悲しい!とか

不安だ!とか


「何かが起きたとき」だけ自分の内側から湧き出るものだと思っていたのだけど…






外側では別に何も起きていないとき。


朝起きたときとか、


目的地に向かって歩いているときとか、


スーパーで買い物してるときとか、


お風呂掃除をしてるときとか。






嬉しくも楽しくもないし、悲しくも不安でもない。


そんなハッキリとした名前を付けられる感覚ではなくて、日常のどうでもいいようなひとコマの中で


自分的には「何も感じていない」と思うような瞬間にも


私の中に「感覚」は湧き上がっている。






そして、実は。


私たちの人生の質を決めるという意味で、本当に重要だったのは


外側で何かが起きたときに感じる


嬉しい!

楽しい!

悲しい!

不安だ!


そういったハッキリとした感覚の方じゃなくて






嬉しくも楽しくもないし、悲しくも不安でもない。


名前を付けられるようなハッキリした感覚は感じてない。


「だけどそういえば、私っていっつもこんな感覚で過ごしてるなーーー。」


というような






外側では何も起きていないとき


ほとんどの時間、自分が感じている感覚。


👆こっちの方だったのです。


もう少し続きます。