先日書いた「感覚」についての記事。
これらに繋がる内容です👇
感覚っていう言葉を聞くと、以前の私は
嬉しい!とか
楽しい!とか
悲しい!とか
不安だ!とか
「何かが起きたとき」に自分の内側から湧き出るものだと思っていました。
良いことがあると嬉しい!
行きたかった場所に行くと楽しい!
思い通りにならないことがあると悲しい!
心配ごとが現れると不安!
そんな感じで、私の内側にある【感覚】とは
外側の出来事に連動して湧き上がる。
そんな風に捉えていたんです。
だから、上の2つの記事にも書いたように
なるべく良い出来事を増やして、
なるべく嫌な出来事を避ける。
これさえ意識すれば、日々を嬉しい気持ちや楽しい気持ちで過ごすことができる。
そう当たり前に思っていました。
だけど、先日の記事にも書いた
「感覚」とは「私が考えること」によって変化する。
👆これに気付いたとき、同時にもう一つ気付いたことがあります。
その気付きとは、
感覚とは「何かが起きたときだけ」湧き上がるものじゃない。
最初に書いたように、感覚とは
嬉しい!とか
楽しい!とか
悲しい!とか
不安だ!とか
「何かが起きたとき」だけ自分の内側から湧き出るものだと思っていたのだけど…
外側では別に何も起きていないとき。
朝起きたときとか、
目的地に向かって歩いているときとか、
スーパーで買い物してるときとか、
お風呂掃除をしてるときとか。
嬉しくも楽しくもないし、悲しくも不安でもない。
そんなハッキリとした名前を付けられる感覚ではなくて、日常のどうでもいいようなひとコマの中で
自分的には「何も感じていない」と思うような瞬間にも
私の中に「感覚」は湧き上がっている。
そして、実は。
私たちの人生の質を決めるという意味で、本当に重要だったのは
外側で何かが起きたときに感じる
嬉しい!
楽しい!
悲しい!
不安だ!
そういったハッキリとした感覚の方じゃなくて
嬉しくも楽しくもないし、悲しくも不安でもない。
名前を付けられるようなハッキリした感覚は感じてない。
「だけどそういえば、私っていっつもこんな感覚で過ごしてるなーーー。」
というような
外側では何も起きていないとき
ほとんどの時間、自分が感じている感覚。
👆こっちの方だったのです。
もう少し続きます。


