昔、定期的にノートに願いごとを書いていました。
そのときのノートを読み返してみると…
ぎっしりとキラキラした日々が書かれてた。
キラキラした仕事内容。
キラキラした交友関係。
キラキラした場所。
キラキラした持ち物。
ここでの【キラキラ】とは、誰から見ても分かりやすく輝いているという意味。
そしてもちろん、キラキラしたものを願うのは全然良いんです。
ただ、当時の願いごとが書かれたノートを、今の私が見返したとき
全然ワクワクしなかったのです。
人がたくさん集まる場所とか
すごい肩書きの人が集まるパーティーとか
ステキなお店での会食とか
誰が見ても分かる高級ブランドでのショッピングとか…
もしも自分の毎日がそういったもので溢れてしまったら「私の場合は」
ストレスでおかしくなるかもしれません😂😂
私は、家で1人で過ごす時間が好き。
人がたくさん集まる場所が苦手。
買い物は続くと疲れるのでたまにが楽しい。
外食も連日だと疲れるのでゆっくりできるお店にたまに行きたい。
あたたかく心地よく自分の好きな場所で、
あれこれ考えを巡らせたり、言葉を紡いだり、自分の中にあるものを形にしたり…
そんな地味でひっそりとした日々をベースに、新しい発見や経験を積み重ねていく。
そんな日々が私にとってはワクワクする「理想の日々」なのです。
これは、
「当時の私よ、もっとちゃんと現実を見よう!」
「小さな幸せで満足しよう!」
みたいな話ではなくて😂
むしろ願いは制限かけずにどんどん願うべきだし
小さな幸せで満足しようとする必要なんて、全然ないと思っています。
ただ、キラキラした願いばかりをノートに書いていた頃の私は知らなかったのです。
願いの中身に入っているものが「日常」だということを。
当時の私は、キラキラしたインフルエンサーたちのSNSで見かける姿に憧れて
いつも欲しいもの買えていいなーー
いつも素敵なお店で食事できていいなーー
仕事でたくさんの人に求められてていいなーー
キラキラした人間関係いいなーー
私もこんな風に楽しく日々を過ごしたいなーー!
そう思って、願いの中身にかなり影響を受けていました。
だけど、SNSで切り取っているのは瞬間で、当たり前だけどどんな人にも必ず【日常】がある。
そして【日常】とは、写真や動画で切り取った瞬間のことではなくて
毎日毎日毎日続いていく
基本的な日々の「うごきかた」のことなのだ。
その基本的な動きが自分の質に合っていないと、当然ストレスを感じます😂
1人が好きな人が常に人と一緒にいるのは苦しいし
家が好きな人がずっと外に出ているのは苦しいし
静かに過ごしたい人が賑やかな空間にい続けるのは苦しいし、その逆も然りです。
「憧れの世界」と「私の体が喜ぶ動き」は、一致していないことがある。
もし、長年願っているのに叶わないことがあるとき
多くの場合、ここに理由があると感じています。
もう少しだけ続きます😊
