この記事の続きです⬇️
「好きなもの」も「嫌いなもの」もコントロールしようとすればするほど、
自分の中がどんどん空っぽで、何もないように思えてくる。
私はこれが好き。
私はこれが嫌い。
それらは、私の中に在りながら
本来、私には触れることができない領域です。
だけど、そんな「触れることができない領域」に、無理やり土足でズカズカと入っていく。
そんなことやっても何も繋がらないよ?
そんなこと言ってたら何もできないよ?
と、それらをコントロールしようとする。
私が不安を感じないために。
私が恐怖を感じないために。
私が安心できるために。
だけど、そうして「私」に無理やりコントロールされた後のその場所は
ボロボロに荒らされて、グチャグチャに混乱して、
もともとそこに何があったのか自分でも思い出せない状態になる。
そうすると、どうなるか?
やりたいことが見つからない。
好きなことが分からない。
情熱を傾けられるものがない。
私には、何もない。
そんな勘違いがはじまります。
私はこれが好き。
私はこれが嫌い。
それらは一体なんなのか?
それらは、私には決してコントロールできない
私の肉体に勝手に流れ込んでくる「感覚」です。
「私はこれが好き」という考えは「好き」ではない。
「私はこれが嫌い」という考えは「嫌い」ではない。
「好き」とか「嫌い」とか考えるその前に、それらは勝手に流れ込む。
ワクワクするような感覚。
胸が踊るような感覚。
心が解放されるような感覚。
胸が締め付けられるような感覚。
体が重くなるような感覚。
心を傷付けられるような感覚。
それらは、私の中に流れ込む。
私にできることは、それらをただ受け止めること。
だけど、自然に流れ込むその感覚を辿っていくと
自然と私に相応しい人生にたどり着く。
この人生で向き合うべきテーマ、
私自身に与えられた才能や能力、
叶えたい願いや物質的な豊かさ。
そういったものたちと共に、私の前に、私だけの道がスルスルと生まれていくのです。
私には、何もない。
長年本気でそう思いながら生きてきた私が、自分の人生に希望を感じるようになったのは
【私の感覚】
という領域に、足を踏み入れなくなってからでした。
勝手に流れ込んでくる感覚をただ受け止めるようになったら
やりたいことも、好きなことも、情熱も、
私の中には変わらずずーーーっと存在していたことを、思い出した。
だから、
やりたいことが見つからない。
好きなことが分からない。
情熱を傾けられるものがない。
そんな気持ちになるときや、自分のことがよく分からなくなったときは
感覚の領域には入れない。
そのことを思い出してみてください😊
コントロールをやめるだけで、元々そこにずっと存在していたものたちが
進むべき方向を照らしてくれるから🌟
