(前回がこのとき↓)
その前日から下の子が熱を出し
さらに、旦那さんがライブの時間までに帰れないかもしれないことになり
朝から長男の野球の準備でバタバタしていた。
16時開演のライブだったんだけど、私は午後にはライブに行くこと自体が
超絶めんどくさい気持ちになっていた🤣🤣
で。
もしかすると同じような現象を、私だけじゃなくて多くの方が体感しているのかもしれない。
ふと、そんな風に思って書くことにしました。
やってみたいことがある。
行ってみたい場所がある。
経験してみたい出来事がある。
最初は「それ」に対しての情熱がある。
だけど、子供が熱を出すとか、子供の習い事とか、家族の予定とか、トラブルとか、予定変更とか、それによる各所への連絡とか…
そういうことがある度に、だんだん「めんどくさい」気持ちになってくる。
さらに、次に行動するときも過去の「めんどくさい」体感を思い出し、動くことが億劫になる。
年齢を重ねるにつれて、家族や仕事、誰かのお世話なんかの【調整】が必要になることが増えるから
やりたいと思っている「それ」自体ではなくて【調整】にめんどくさい気持ちになることが多いのです。
ライブなんてただ行ってその空間で楽しめばいいだけなのに、それさえ「めんどくさい」と思うくらいだから
自分から何かを能動的にやるときは「めんどくさい」と感じることは本当ーーに当たり前😂😂
だからこそ。
「めんどくさい」を「やりたくない」だと認識しては
ぜっっったいにダメ。
👆これをやると、心が動かなくなって
どんどん何もやる気が起きなくなっていくからです。
私の場合も、そのことが理解できてから
【めんどくさい→やる】
に意識的に回路を変えるようになって「めんどくさい」と感じても行動できなくなることはなくなりました。
(そして「めんどくさい」も「そんなこと感じちゃダメ!」じゃなくてそのまんま感じます)
そして昨日。
子供の熱や予定調整で
「あーーー、なんかもうすっかり行くのがめんどくさいよーーー😭」
と思いながら会場に向かったら…
一曲目から涙が溢れた。
そこからライブ中何度も涙して、
ここ最近の出来事で1番心が動き、
「来れて良かった」と感謝の気持ちでいっぱいになりながら帰路に着きました。
2年前を超えて、さらに進化したステージに感動✨
もしも私が今でも「めんどくさい」を「やりたくない」だと認識して、やめていたら
今では宝物のように感じている、昨日感じた全ての素晴らしい気持ちは、何ひとつ感じることができなかった。
そう考えると、怖くなる。
「めんどくさい」と「やりたくない」を、絶対に混同しないこと。
それが自分にとってとても大切になりうる経験や、それによって感じることができる気持ちを
取りこぼしてしまわないために、何よりも必要なことだから。


