こちらの記事に書いた通り、

 

昨日の福岡セミナーは大雨の影響で中止になりました。

 

参加者の皆様には【セミナー振替の詳細】をメールにて送らせていただきました。

 
お手数ですが確認後、ご返信いただけますと幸いですはーとっはーとっ
 
 

 

 

 

 

 

 

直前の中止でご迷惑をお掛けしました。

 

東京から飛行機で来て下さった方も何名かおられて、

 

本当にわざわざお越し頂いたのに申し訳ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日はたくさんのことを「知った」という感じでした。

 

あと、自分の感じることと行動パターンが変わっていたことにも気付きました。

 

 

 

 

 

 

まず、少し前の私だったら確実に

 

「わーーー!最悪!!!」

「なんで今日に限って!?」

「どうしてこんなことが起きるの??」

 

っていう気持ちに飲み込まれていたと思います。

 

 

 

 

 

 

で、

 

「どうして前乗りしてなかったんだろう。。。」

「なんでこの日にしてしまったんだろう。。。」

 

みたいに自分を責めるか、

 

「でもこれも何か意味があるはず!」

 

って無理やりポジティブな気持ちに切り替えるか。

 

そのどっちかだったと思う。

 

 

 

 

 

 

でも昨日は、

 

申し訳ない気持ちも

なんで!?という行き場のない気持ちも

どうしよう!という焦りも

 

【変換】せずにそのまんま持ったまま

 

とりあえず今自分ができる最善を尽くそう。

 

そこに集中していることに気付いて、自分でびっくりしました笑

 

 

 

 

 

 

なぜなら私は、外の出来事に

 

もう思いっきり持って行かれる人だったから。

 

 

 

 

 

 

だけど昨日は、

 

もちろん表面上の気持ちはザワザワ・バタバタ波打っているんだけど

 

奥の方では「大丈夫」と知っている感覚。

 

 

 

 

 

 

そして「大丈夫」と知っているからこそ

 

どんな気持ちも【変換】せずにそのまま持っておける感覚。

 

 

 

 

 

 

「これってどういうことだろう??」と思っていたら

 

昨日、急遽開催したオンラインセミナーで話しているときに色々と繋がりました。

 

(なぜか私がzoomに弾かれてしまい開催が遅れてすみませんでした汗

ほんと終始バタバタで申し訳なかったです汗

 

 

 

 

 

 

参加者さんから

 

「全てが喜び」となかなか思えません。

 

という質問をいただいたのですが、

 

 

 

 

 

 

私は少し前まで「喜び」を

 

パーッとした青空のように晴れやかな心の状態。

 

みたいにイメージしていたのですが(もちろん無意識に)

 

今思うとこれこそ「喜び」をとっても難しくしていた私の設定でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな設定を持っていたら

 

確かに「全てが喜び」だとは思えない。

 

もしくは無理やり気持ちが晴れるように持っていくか。

 

 

 

 

 

 

例えば昨日の1日も

 

喜び=パーッとした青空のように晴れやかな心の状態。

 

と、していたら

 

色んなところで気持ちを【変換】しないといけなくなる。

 

 

 

 

 

 

「参加してくれる人に悪いな。」

「遠くから来てくれる人に申し訳ないな。」

 

というモヤモヤも、

 

「どうしよう・・・!」

 

という焦りも

 

「なんでこんなことになったんだろう。。。」

 

というやるせなさも

 

全部感じてはいけない気持ちになるから(「喜び」ではなくなるから)

 

無理やり【変換】しないといけない。

 

 

 

 

 

 

そこで思ったのは、

 

「どうして前乗りしてなかったんだろう。。。」

「なんでこの日にしてしまったんだろう。。。」

 

みたいに自分を責めることも

 

「でもこれも何か意味があるはず!」

 

って無理やりポジティブな気持ちに切り替えることも

 

結局は同じだった。

 

 

 

 

 

 

喜び=パーッとした青空のように晴れやかな心の状態。

 

そう設定していたために

 

とにかく、早くスッキリしたいだけだった。

 

 

 

 

 

 

モヤモヤも、焦りも、やるせなさも

 

できるだけ長く持っていたくなくて

 

「私がダメだから」って開き直るか、

 

「これにもきっと意味がある」ってポジティブに持っていくか。

 

どっちもただスッキリしたい為だった。

 

 

 

 

 

 

どうしてそのパターンから自然に抜けていたのかというと

 

やっぱりここに戻ると思った。

 

「全てが喜び」だと決めたから。

 

 

 

 

 

 

設定変更を知って

 

喜び=パーッとした青空のように晴れやかな心の状態。

 

と限定することをやめました。

 

晴れやかな心の状態だけじゃなくて、

 

どんな気持ちを感じていても「喜び」ということにしてしまう!

 

もうそういうことにしーちゃお!♡♡と。

 

 

 

 

 

 

昨日は本当にそう決めたことの恩恵を感じたんだけど、

 

上にも書いたように終始

 

表面上の気持ちはザワザワ・バタバタ波打っているんだけど

 

奥の方では「大丈夫」と知っている感覚があった。

 

 

 

 

 

 

何があっても「大丈夫」と知っている。

 

そのどっしりとした感覚があることで、表面的な部分ではなく

 

本当の願いを見ることができた。

 

それが、

 

とりあえず今自分ができる最善を尽くそう。

 

その気持ちに繋がっていった。

 

 

 

 

 

 

だからね、

 

「全てが喜びだと決める」は本気ですごい!!!

 

昨日はそれが改めて分かった日ハートハート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、本当に本当に感動したんですけど

 

あんなにご迷惑をお掛けしたのに

 

皆さん嫌な顔ひとつしないで了承して下さって

 

なんなら私のことまで心配して頂いて・・・

 

本当にありがたい環境で生きているなぁと実感しました。

 

 

 

 

 

 

そして、セミナーを主催するということは

 

こういう予測できないことももちろん起こる。

 

規模が大きくなるごとに

 

不測の事態があったときに迷惑を掛ける人も多くなる。

 

会場を押さえるなど行わないといけないことも増える。

 

 

 

 

 

 

その経験を持つということは、

 

良い(と見えること)

 

悪い(と見えること)

 

それに伴う全てを引き受けるということハートハート

 

 

 

 

 

 

そのこともすごく実感したし

 

それを実感した上で、

 

「それでもやっていきたい♡」

 

1ミリの迷いもなくそう思っている自分を見ることもできました。

 

 

 

 

 

 

あゆみさんのこちらの記事も、読んでほしいですはーとっはーとっ


 

 

 

 

 

 

無理やりポジティブな気持ちに【変換】するんじゃなくて

 

ただただそのまんま感じていたら

 

「このことを経験してる自分としてない自分とだったら、

やっぱり経験してる自分の方が良かったな。」

 

自然とそう感じている不思議。

 

 

 

 

 

 

もしスッキリさせようとして途中で【変換】していたら

 

こんな気持ちを感じることさえなかったな。

 

 

 

 

 

 

それができるのはやっぱり

 

「全てが喜び」という土台があるから。

この土台があって本当に良かった。

 

そんな風に感じた日でした。

 

そして延期をご了承いただいた皆さん、本当にありがとうございますハートハート